第8話 ひと狩り行こうぜ、じゃないですよ!
イベントでは馬車も通る横幅たっぷりの大通りは、地面はタイル張り。建ち並ぶ建物はどれもそれぞれ特徴的でありながらも洒落た外観で、見ているだけでも楽しめるだろう。
サラはそんな通りで、目の前にある店を見て首を傾げた。
「ここ、なに?」
「お洋服屋さんです」
「……これが?」
「そうです。庶民のお財布感覚に優しい普通の洋服屋さんです」
ショーウィンドウから見える店内。似たような服がどれも大量に並んでいる。大量なのに良く見ると種類なんてそんなに無い。
「じゃ、入ろうぜ」
親友であるシェルディナードに促され、サラは不可解だという顔のまま店へ足を踏み入れた。
「…………?」
「御用聞きは来ねえから、自分で見るんだよ」
「!」
シェルディナードの言葉に、サラは藍色の瞳を
「サラ先輩て、本当にお貴族様なんですね……」
何だかしみじみ親友の『彼女』に言われたのは、何となく面白くない。が、本当の事でもある。
「えっと、サラ先輩。これとかどうでしょうか?」
今日も今日とて親友に釣り合うとは到底思えない緑髪と瞳の地味な少女が、サラに声を掛け。
「え。本気で、言ってる?」
「……どこが、ダメなんですかねえ?」
サラの即却下に、セピア色の目立ちにくいワンピースを手にして見せたミウは、頬をひきつらせた。
「顔が、地味、なのに、服まで地味」
「…………そう、ですか。……シェルディナード先輩、笑わないで下さい!」
「わ、悪りぃ。く、くく……」
未だ衝撃は残るものの、サラは一度店内を見回す。
品質は量産品だからか、常に触れているものと比べる事すら失礼なんじゃないかと思った。
「……? 何ですか? サラ先輩」
「その服、古着とかじゃ、なかったんだ」
「失礼過ぎませんか先輩!?」
本当の事を言っただけなのに、何故か怒ったらしい。意味がわからない。
しかし親友はそれすらも楽しそうに笑っているから、サラとしては何も問題無いのだが。
しかし。
「…………」
「な、何ですか!?」
見れば見るほど、パッとしない。
緑の髪はボブカットでロングヘアに比べると豪華さがなく、色も深い緑で森などでは同化するんじゃないだろうかと思う。保護色かな?
長い前髪の間から恐る恐るといった感じでこちらを見る瞳は、髪よりはまだ明るさがあるが緑であることに変わり無い。
雪のように白い肌という事もなく、そもそも手入れをしているのか怪しい。何故なら化粧の気配がまるでないから。
はっきり言って、俗にいう女子力が低すぎる。
「ざ、残念なモノを見るような目で見ないで下さい!」
◆ ◆ ◆ ◇ ◆ ◆ ◆
何と言うか、もう色々な意味でグサグサ
手に取ったものの、言外に即座に却下されたワンピースをハンガーに戻す。
なるべく目立たず、平穏無事に
――――シェルディナード先輩達に関わってから、どんどん逆方向にいってる気がする……。
絶対に気のせいではない。
「ミウ、これ着てみ」
「はい?」
シェルディナードがいかにも適当に幾つかの衣服をミウに渡す。恐る恐る渡された物に目を向けるが、
濃いグレーのフリルつきの長袖シャツ。フリルと言っても胸元に少し飾りとしてある程度なので、そこまで主張は激しくない。
チョコレート色に近い膝上丈のサロペットズボンにシャツより少し薄いグレーのニーハイ。
サロペットは少し裾がすぼまっていて、バルーン状になっている。そこに細かな茶に近い赤いレースと同色のリボンが再度に付いているのが可愛らしい。派手じゃない。けど、少しのアクセントで地味を脱却している。
これくらいなら着ても良いかも知れない。
というか、どうせ着なきゃシェルディナードはともかくサラがジト目で見てくるに違いない。何故、渡してきたシェルディナードよりサラが機嫌を損ねるのか。
しかし、ド派手なものを渡されるより何倍もマシな事に変わりはない。
ミウは大人しく渡されたものに着替えるため、試着室へと入った。
試着室の姿見に映った自分はいつもと変わらず地味で。額を覆って瞳も隠す勢いの前髪も、化粧気のない顔もいつも通り。
半ば前髪で顔が見えないから、化粧をしても見えないだろう。だからする必要なんてない。そう思う。
――――あの先輩達が無駄にキラキラし過ぎなだけだと思うし。
もし、化粧をしても、少し派手な服を着たとしても、多分自分は何ら変わらない。
猫に小判、豚に真珠。無駄なものは無駄なのだと。
「あの、着ましたけど……」
試着室から出ると、シェルディナードがサラを手招き、二人の視線がミウに集まる。
「う。うぅ……」
居たたまれない。
「良いんじゃね? ミウはどうなんだ?」
「あ、はい。これくらいなら」
予算的にもまだ余裕だ。
それに、
――――気にして選んでくれた、んだよね……。
ミウの好みや普段を
適当に見えたが、実際は選ぶのが早いだけできちんとミウの考えを
少しだけ、嬉しくなった。
が。
「……いつもよりは、マシ、だね」
ピシリ、と。ミウが固まり、
――――サラ先輩は…………。
「………………です」
「?」
ミウのボソッとこぼした呟きが聞き取れず、サラが首を傾げる。
「何か言った?」
「サラ先輩は、一言余計ですっ!」
――――何でこんな風に言われなきゃならないんですか!!
「言うにしたって言い方ってものがあるでしょーっ!!」
我慢の限界に達したミウが、
そしてそんな行動を取られた事自体が初体験なのだろうサラが、藍色の瞳を丸くする。
「サラ先輩には、他の人に対する配慮が足りません!! 本当の事だとしても、傷つくんですよ! 悲しくなるんです!!」
「…………」
「そりゃ、サラ先輩からしたら、あたしなんて! あ、あたしなん、て……」
一度決壊した感情は土手を破壊する
「あー、ほらほら。泣くなよ、ミウ。ほら」
「うぐ、うぅ……」
ボロッボロ止めようとしても止まらない涙を、ミウが
シェルディナードが仕方無さそうにミウの涙にハンカチを軽く押し当てるようにして拭い、呆然とするサラに視線を向ける。
「とりあえず、他の客に迷惑だし、出るか」
――――さいあく……。
泣くつもりなんか無かったのに。
別に間違った事はきっと言われてなかった。
でも、痛かったのだ。
指に刺さった小さなトゲでも、無理矢理押し込まれたら思わず声が上がるのと同じように。
何でもないはずだったのに、何でか我慢できなかった。
八割がた八つ当たりだ。
サラの態度にムッとしたのは本当だけど、多分ここのところ積もりに積もった諸々が、一気に出てしまった。
少し上向いた気分に水を差され、気持ちがしぼむのと反比例した気持ち。
ふと、頭に軽く片手が置かれる。
手の思わぬ温かさにちらと視線を上げれば、シェルディナードのいつもと変わらぬ笑みがあった。それが不思議と落ち着いて。
店を後にし、気まずい空気にミウが何も言えずにいると、シェルディナードが口を開く。
「よし。んじゃ、今日はこれくらいにすっか。明日は迎えに行くから、ミウは家に居ればいいぜ」
「あ、はい。……明日って」
「明日のお楽しみだ。そんじゃーな」
シェルディナードが踵を返し、サラがその隣に並んで帰る。
結局、サラとは目を合わせられなかった。
――――明日、謝ろ……。
そして、翌日。
「よっしゃ、今日は第一階層でひと狩り行こうぜ!」
「は? ちょ、シェルディナード先輩?」
――――第一階層!? ひと狩り行こうぜ、じゃないですよ!
「行っくぞー」
「いやぁぁぁぁぁっ!!」
何故か謝るより先に絶叫した。
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