第6話 世の中、無理な事もあるんですよ!
第六階層の
闇の中でも美しい白い姿は月の光にきらきらと燐光を纏っているかのようだ。
そんな城の一室で、サラは親友から発注された
さて、どうしよう?
自室の作業机の上、並ぶのはグラデーションを描けるくらいの色揃えがあるリップ、ファンデーションにアイシャドウなど。
その一つを手にして、うーん、と悩ましげに溜め息をつく。
「ルーちゃんの、お願い、なら、やる」
それは動かない。親友の頼み事より優先すべき事などサラには無いのだから。
「……でも、難しい」
思い描くのは地味を体現したような少女。
親友の、一番新しい『彼女』だ。
「……あれを、ルーちゃんくらいまで…………」
無理難題に近いと一瞬思うも、ふるふると首を横に振ってその考えを振り払う。
中身は難しくても、『外』はいくらでもやりようがある。
「オレ、なら、やれる」
少し言い聞かせるような感じになったのは気のせいだ。
サラはふと視線を巨大なウォークインクローゼットに向ける。一般人から見たらそれは部屋だろうと言える広さを持っていて、静かに開いたそこには、無数の『骨』と『髪』と『瞳』、『衣装』が所狭しと並んでいた。
全て、サラの趣味で作っている『球体関節人形』のパーツである。気の弱いホラーが嫌いな者には若干トラウマになりそうな光景も、サラにとっては厳選素材の宝箱。
「みんなみたいに、元から、整ってれば楽、なのにね」
手近にあった人形の頭部を手にして、サラはそう呟く。
揺らめくような灯りが、白い骨色の人形に惑うように映っていた。
◆ ◆ ◆ ◇ ◆ ◆ ◆
朝である。
明けない夜は無いのである。第六階層以外。
「…………」
ミウは布団に包まって、その事実を忘れようとした。
「ミウー。学校遅れるわよー」
「今日、学校休むー」
無理。学校行きたくない。
そんな悲哀と断固とした決意を胸にそう返したのだが。
「えー? だって、あんた。お友達迎えに来てるわよ?」
「友達……?」
そんな約束してたっけ? と首を傾げるより早く。
「ミーウ。遅れるんだけど?」
「ひぃぃぃぃぃぃっ!!!! し、シェルディナード先輩!? 痛ったぁ!!」
家の外から聞こえた声に、ミウは盛大にベッドから転がり落ちた。その拍子に額を床に打ち付ける所までお約束である。
しかし痛みにのたうち回っている暇はない。
貴族を待たせるなど許されない。
慌てて打ち付けた所や鼻から血が出ていない事を確認して、マッハで支度を整え、バタバタと用意してもらったお弁当を鞄に詰めて外に出る。
「…………」
「……あ、あの?」
何とか体裁を整えて出てきたミウを、珍しく起きているサラが無言でジッ……と見下ろす。
そう。無言で、ジッ……と。
若干不機嫌そうに。
――――ひいっ! なんでこの先輩見てくるの!!??
「…………その服、一昨日と同じ。組み合わせも」
見詰めた末に出てきた言葉に、ミウは自身の身体を見下ろす。
「え。はい。あ! 洗濯はしてますよ!?」
サラの眉間が寄った。
「…………お化粧、して、ない」
「えっと……。はい」
――――ほんとに女の子? って目で見るのやめてくれませんかねぇぇぇえ?
ミウの返答にサラの瞳が温度を下げる。
「…………ルーちゃん」
「ん?」
「今度の、休日、空いてる?」
「おう」
シェルディナードが軽い調子で頷くと、サラはミウに視線を固定したまま藍色の瞳を
「今度の休日。夕闇広場。正午前」
「へ?」
唐突にそれだけ言って、サラは興味を失ったかのように視線を外して、シェルディナードの片腕にしがみつく。
「つーわけで、ミウ」
「……あの、何かやな予感が」
「今度の休日、デートな」
「無理ですぅぅぅぅぅぅー!」
――――世の中、無理な事もあるんですよ!
学校のある平日以外の休日までとか、何の嫌がらせ。
断固拒否したい。が。
「拒否権、あると、思うの?」
「ひぅっ」
シェルディナードを挟んで反対側から、サラがじとりとした目を向けている。心なし声もやや低めにそんな脅しめいた問いかけまで投げられたら……。
「ご、ごめんなさい。何でもありません!」
震え上がるミウに、二人に挟まれる形のシェルディナードがクスクスと笑う。
「サラ。そんくらいにしてやれよ。ミウが怯えてるとマジで遅刻するぜ?」
ポンポンとミウの頭を軽く撫で、シェルディナードが歩き出す。
「と、その前に」
「へ?」
逃げられない形で二日間ある休日のうち一つが埋まったわけだが。それに気を取られて絶望の沈み掛けていたミウは、不意に振り返ったシェルディナードに反応が遅れた。
「擦り剥けてる」
「ひぎゃ!?」
「…………」
シェルディナードの指が、ちょん、と鼻の頭に触れ、クリームのようなものを塗られ。
思わず
「ほい。明日には治るだろうけど、念のためちょっとの間はつけとけよ」
ぽいっと投げ渡されたそれをほぼ反射でミウはキャッチした。ミウの小さい手のひらでも余裕で包み込める丸い缶。くすんだ
「あの、シェルディナード先輩っ」
何か無造作に高そうなものを投げ渡すの止めて。怖い。
それは口から出すのを踏み止まったものの、貰う訳にはいかないという思いは止まれない。何とか返そうと声を掛けるが、その心はシェルディナードの次の台詞で真っ白のリセットされる事になる。
「あ。その次の日も出掛けるから準備しとけよ?」
「何でですか!?」
「だって休日は週二日あるじゃん」
「そういう事じゃなくてですね!?」
ミウが更に何かを言う前に、シェルディナードが足を止め微笑みながらミウを見た。
「ミウ。あんまり鳴いてると、他の
「すみません。黙ります」
「冗談だって。そんな怯えんなよ」
――――冗談なら言うなぁぁ! このセクハラ先輩っ!!
そんなやり取りをして、ミウの精神はわりとギリギリだ。
そのギリギリが力を与えたのか、放課後。
ミウは初めてシェルディナード達からの逃走に成功し、学園の敷地内にある巨大温室に駆け込んでいた。
「おかしいでしょ! あの先輩達ぃぃぃぃぃー!!!!」
「あらあら」
「ミウ、マジ災難」
温室の中央。優雅にティータイムが催されているのは丸いネコ脚のガラステーブル。同じくネコ脚の椅子とセットで調和を生んでいる。
目尻と口調のおっとりしている灰色の髪と瞳に二本の角をもった少女と、ピンク色のタンポポの綿毛のような髪に茶色の瞳と背に瞳と同じ色の翼をもつ少女が、ミウに同情するような目を向けていた。
「でもさー、ミウもドジ踏んだよねー。何で捕まったの」
「そうねえ。いつもは上手く逃げてたのに」
「あ、あの日は……」
朝のホームルームが終わってクラスを出た際、うっかりいわゆるカースト上位の女子一群にぶつかってしまったのだ。
しかも運の悪い事にリーダー格とおぼしき女子に。
「あの人達、本当は貴族のご令嬢じゃなく当たり屋なんじゃ……」
あれよあれよと言う間にいちゃもんつけられ、あの告白展開でバカにされるシナリオが組み立てられたわけだ。
シナリオはシェルディナードのおかげで破綻した訳だけど。
「ミウって時々きわどい事いってるわよねー」
「無意識ぽいけどね。でも当たり屋はきわどいってかアウトじゃ……」
「うぅぅぅ! 何であたしがあんな怖いセクハラお貴族様に!」
「ハハハ。ひっでぇ言い草」
「ひぎゃあぁぁぁぁぁぁぁ!? シェルディナード先輩っ!!」
「よ。ミウ」
物凄く軽い調子で、腕を組んで温室に生えた木に寄り掛かってミウ達を見ていたシェルディナードが、片手を上げて笑う。
――――嘘でしょ!? 出るとき確かに居なかったのに!!
「ど、ど、どど、どうして、ここに!?」
「そりゃ、ミウの行きそうな場所くらい見当つくし」
――――何で見当つくんですか!?
言葉にせずとも顔に出ていたのか、シェルディナードは赤い瞳を愉しそうに細めた。
「そりゃ、『彼女』の事なら当然だろ?」
サラッと髪が首を傾げる動きに合わせて揺れる。
――――やっぱり怖いこのストーカー先輩ぃぃぃい!!
「あら。シアンレードの
灰色の髪と瞳の少女がのほほんと挨拶し、ピンク髪の少女は……。
「うぷ。ちょ、いきなり視界に入らないで。気持ち悪い……」
青い顔で口許を押さえて椅子の背にもたれ掛かった。
「あ。悪りぃ悪りぃ」
「そういえば、アルデラは美形アレルギーだったわねぇ」
一定以上に整った顔を見ると気持ち悪くなるらしい。
アルデラが気持ち悪くなるって事はやっぱりシェルディナード先輩て顔面偏差値高いんだなぁ、とかミウは半ば現実逃避気味に考える。
「……あれ? シェルディナード先輩。サラ先輩は?」
ふと違和感に辺りを見回す。シェルディナードとサラはセット。そんな認識がもうバッチリ刷り込まれているのがおわかり頂けただろうか。
「帰った。サラも色々忙しい立場だからな」
「はぁ。そうなんですか……」
で。何でシェルディナード先輩は帰ってないんですかね?
そんな思いが顔に以下略。
「ミウ残して帰るわけねぇじゃん」
「あら。ラブラブねー。うふふ」
「違うよ!? エイミーちゃん!」
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