第7話 傷ついたマザーツリー
夜中のうちに嵐は去って、朝霧がたちこめていた。
アキは結局リビングで一夜を過ごした。
「ねぇ、パパ、マザーツリー見に行きたい。」
アキはダンにすがるようにそう言った。
「うーん、気持ちはわかるけど、夜中の大雨で湖も増水してるだろうし危ないよ。」
そう言いながらダンはちらっとユリを見た。
ユリもそうそうと言うように頷いていた。
「でも、牡羊座の満月、ポップコーンツリーはもう明後日だよ?」
行きたい行きたいとせがむアキにダンとユリが根負けした。
「わかった、じゃあパパと一緒に行こう。それで行く途中でもちょっとでも危ないと思ったら引き返す、いいね?」
ダンが真剣にそう言った。
「…わかった。」
そうしてアキとダンはマザーツリーの湖へ出掛けていった。
いつもアキが裸足で駆け上がる丘は水を含んでぬかるみ、何度も滑ったがこけたらダンが帰ろうと言うのがわかっていたので必死で耐えた。
やっとの思いで湖に着いた。
同じ思いの人がたくさんいたのだとアキは少し泣きそうになった。
みんな泥だらけになりながらマザーツリーの様子を見に来ていたのだった。
しかし誰も何も話していなかった。
いつもは湖底が見えるほど澄んでいるのに、増水した湖は茶色く濁っていた。
そして…
「マザーツリー…」
アキは言葉を失った。
あの、いつ来ても変わらなかったマザーツリーが…
強風で大きな枝が無残に折れ、明後日の満月に弾けるはずだったたくさんの実が湖面に落ちてしまっていた。
アキの目から涙が溢れた。
悲しさと悔しさで身体が震えたが、その気持ちをどこに持っていけばいいかわからず、唇を噛んだ。
ダンが後ろからそっとアキの肩を抱いた。
しかしダンも何も言葉が出てこなかった。
その時、少し離れたところに居たおじさん二人が話しているのが聞こえた。
「こんな大雨が降るのは北の地域や世界中で環境汚染が深刻化している影響だって言ってたよ。」
「そうだな、温暖化の影響だろう。」
アキはそのおじさん二人を図書館で何度か見かけたことがあった。
おそらく隣のコミュニティの人だ。
「最近北からマザーツリーを見に来る人がいるけど、その人達がなんのために来ているのかわからないんだ。」
おじさんは少し困ったような顔をした。
「手のひらぐらいの薄い機械でマザーツリーをずっと写しているんだけど、ただそれだけさ。」
「あぁ確かに私も以前見かけたことがあるよ。」
「その時思ったんだ、多分彼らはマザーツリーから何も感じてはいないんだって。」
アキはおじさん達の話しを聞いてまた涙が出てきた。
「だから平気で自然に還らないゴミをその辺に置いていけるんだ。
自然に対して、何も関心がない。物と同じように思っている気がして悲しくなったよ。」
アキは前にナギが拾ってきた袋や容器のこと、街で見た男の人達のことを思い出した。
心の中に今までになかった気持ちが首をもたげた。
そんなアキの様子を見た近くのおばあちゃんがアキに近づいて背中をさすった。
そして優しく語りかけた。
「アキちゃん、大丈夫よ。
マザーツリーは何事も、何者も、ジャッジしない。」
アキはその言葉にはっとしておばあちゃんの澄んだ瞳を見た。
「私はアキちゃんよりほんのちょっと長く生きているから、いろんなことを見てきたけど、起こることにたった一つの原因なんてないと思うの。」
アキは不思議そうな顔をした。
「いろんなことが作用し合って世界はできているのよ。」
おばあちゃんはアキが北の人や自然を大切にしない人に対してネガティブな思いを抱きそになったのがわかったかのようだった。
「実際にある問題はみんなで解決していけばいいの。
アキちゃんはマザーツリーが好き?」
「もちろんです。」
アキは涙声だったが力強く答えた。
「なら、今はそれだけでいいのよ。」
おばあちゃんはそう言って、微笑んで行ってしまった。
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