第3話 図書館 教育、文化、芸術が集まる場所

翌日、アキは窓から射す気持ち良い朝の光で目覚めた。


「行ってきます!」

家族揃ってゆったりと朝食を楽しんだ後、アキは家を飛び出していった。


朝露で少し湿った草と土。

アキはおもむろに靴を脱いで裸足で走り始めた。


アキが毎日のように向かう先は図書館と呼ばれる場所だった。

しかしただ本があるだけでなく、図書館内には大小様々な部屋があり、そこで毎日何かのお話し会やワークショップなどが開かれていた。

また近くにはホールのような建物や木でできた遊具があり、子供の遊び場もあった。

そこは教育、文化、芸術の全てが集まるような場所だった。



アキはいつの間にかその手に黄色のコスモスを握りしめていた。


アキが図書館に着いた時、横からアキちゃーんと呼ぶ声がして振り返った。

「アキちゃん、聞いたよ、今年のポップコーンツリーの子になったんだってね。」

「サトのじいちゃん、おはよう!そうだよ。」

快活そうなおじいちゃんが、大きな木に括り付けられたハンモックから降りて、アキに近づいた。

そしてアキを軽く抱きしめて、頭に手を置いた。

「そりゃ今年は元気な収穫祭になるな。」

アキはへへっと笑った。


図書館の隣にはたくさんの木があり、ハンモックやベンチが並んでいた。

朝早くから大人も子供もおじいちゃんおばあちゃんも、本を読んだり日向ぼっこをしたり、思い思いに過ごしていた。



図書館に入ると大きな吹き抜けの空間になっていた。

その天井には美しい模型があった。

それは太陽系の模型で、今の実際の天体の位置を示すように毎日動く芸術的な模型だった。

それを創ったのが世界的に有名な天文学者だったミナミの曽祖父だとアキが知ったのは最近のことだった。


小さな子供達が走りながらアキの横を通っていった。


壁には大きなカレンダーがあり、一カ月の予定が書いてあった。

しかしそのカレンダーは日付ではなく、月の満ち欠けが書いてあった。

ここではみんな自然と月の満ち欠けに添って暮らしていたので、カレンダーもそのような形だった。


「昨日が魚座の満月だったから…」

大きなカレンダーには毎日何かが書いてあったが、新月と満月は空白だった。


下弦の月から新月に向けては休息へ向かい予定も減らして、新月はゆっくりと家族で過ごす。

そして満月へ向かって満ちる時は活動が増え、満月の日はみんなで集まったり、コンサートやイベントを楽しむ。

ここでは人々はそんな風に過ごしていた。


そしてここでは決められた休みもなければ労働時間もなかった。

それぞれが活動したい時に活動し、休みたい時に休む。

それでもコミュニティは自然と機能し、物だけでなく知識、経験、あらゆるものが人から人へ伝わり巡っていた。

精神が豊かで心が満たされているここの人々は、分かち合うことこそ豊かさだと知っていた。



アキは今日行われるワークショップや講義の内容を確認した。

そこには内容と部屋の名前と担当する人が書いてあった。


「えーっと、今日の午前は、体の軸を知るダンス、それか幾何学の日常への応用…?

午後はフィールドワークの薬草学と、古代建築に込められたメッセージ…あ、カズさんじゃん。」

ここでは先生という役割がなく、コミュニティの大人達が自分の専門分野をみんなに伝えていた。


「あ、パパ。」

アキはダンの名前を見つけた。

「明後日の午前中お話し会?植物の種の自然淘汰?…なんじゃそれ。」

そうやって大人達は日頃から各々が研究したこと、インスピレーションを受けたことをここへシェアしにやってくる。

子供も大人も、それを聴きたい人が参加する、そんな自由な学びの空間だった。


「うむ、ダンス一択。」

アキは一人で大きく頷いた。


「アキ!」

元気な声がして振り返ると、アキと同じ年頃の男の子が駆け寄ってきた。

「なんだ、アオイか、おはよう。」

「なんだってなんだよ。」

そう言いながら男の子もカレンダーを見上げた。

「アキ、今日どうすんだよ。」

アキが答えかけたのをアオイが遮って言った。

「いんや、言わずもがな、アキはダンスだな。」

その通りだったが、その言われ方に少し抵抗したくなったアキだった。

「いんや、わかんないよ、私だって幾何学の気分の時もあります~」

しかしアオイがポンと肩に手を置いてゆっくりうなずいた。

「大丈夫だ、無理すんなって。」

アキは口を開きかけたが、また後ろから声がした。


「アキちゃん、おはよう~」

ミナミが爽やかに現れた。

「ミナミちゃん!」

アキはアオイの手を無視してミナミに駆け寄った。

アオイが急にドギマギし始めたが、アキは気づいていなかった。

アキはミナミに手に持っていたコスモスをあげた。


「アオイくんもおはよう。今日は二人はどうするの?私はとりあえず午前は幾何学かな。」

ミナミがアオイの目を真っ直ぐ見ながら言った。

「あ、えっと、今迷ってたとこで。」

アオイの声がワントーン高くなったようだったが、アキは全く何も気づいていなかった。


「は?何言ってんの?アオイだって幾何学のきの字も知らないじゃん!ダンス一択でしょ?もしくはいつもの定位置、ハンモック。」

アキがははっと笑いながら言った。

アオイが少し頬を赤くして言い返した。

「お、俺だって幾何学ぐらいわかってるよ!

あれだろ?あの…あれだ、難しい図形の。」

アオイは手で難しい図形を表現しようと謎の動きをした。

「…無理すんなって。」

今度はアキがそう言いながらアオイの肩に手を置いた。


「あはは、本当に仲良いよね、二人は。」

ミナミはそう言うとじゃあね、と言って横の螺旋階段を駆け上がっていった。


「あれ?アオイ、何うなだれてんの?」

「…」



アキとまだ少しうなだれたままのアオイは、棚にたくさんの古書がある部屋を横切った。

図書館には世界各国のあらゆるジャンルの本に始まり、貴重な古書やこの地域の古い文献、またあらゆる分野の研究資料も集められていた。



二人はダンスのワークショップが開かれる光のスタジオの扉を開けた。

中にはすでに人が集まっていて、大人はおしゃべりしたり、小さな子供達はやわらかそうなマットの上でじゃれあっていた。


「アキちゃん、ちょうどいいところで会ったわ。」

年配の品のある女性がアキを見つけて近寄ってきた。

「アオイくんも久しぶりね、また背が伸びたんじゃない?」

アオイも愛想良く挨拶した。

「ワコさん、この間はかわいいシャツを縫ってくださってありがとうございました。」

「どういたしまして、それより、今年のポップコーンツリーはアキちゃんとミナミちゃんになったんでしょ?

 その時に着る白いワンピースを仕立てないといけないから、近々うちのお店まで採寸に着てほしいのよ。」


半年前に計ったけどまた背が伸びたと思うから、と言いながらワコはアキの身長を計るしぐさをした。

「あ、そっか、浮かれて忘れていたけど、いろいろ準備することがあるんですよね。」

「そうね、いろいろ準備することはあるけど、アキちゃんとミナミちゃんは採寸するだけで大丈夫よ。

あとは私が仕立てるし、実を受け取るシルクの布は毎年サクラさんが繭から糸を紡いで織ってるわね。もう出来上がる頃かしら。」

アキは自分がポップコーンツリーの子をやることをまた実感してニヤニヤしてしまった。


「じゃあ下弦の月の午後にミナミちゃんと一緒にお店まで来てね。」

ワコはそう言ってアキとアオイと離れ、入念にストレッチを始めた。

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