fentexoler ――「反革命主義者」(2)


 「異世界転生したけど日本語が通じなかった」において主人公である翠が"fentexolerフェンテショレー"を理解したとき、彼はその語義を「異教徒」と理解したのであった。

 もちろん、この理解はユエスレオネ本国においては間違っているのだが、実は場所によっては合っていると考えることも出来る。


 ユエスレオネ連邦を構成する国家の一つ、デュイン総合府の隣国に南サニス・イェスカ主義人民連邦という国がある。

 この国はピリフィアー暦2004年にユエスレオネ連邦と結ばれたカイティワ条約によって成立した南サニス共和国が元となっている。共和国では南サニス人ではなく、少数のサニス人が中心となって政府を構成しており、南サニス人や他民族に重圧がかかっていた。

 ここから、南サニスの大多数を占めるショクレー人の信仰の教典にある「青き女神は悪魔からの解放者である」という記述がユエスレオネ連邦の首相ターフ・ヴィール・イェスカであるとする考えが生まれ、南サニス民族戦線を中心とする南サニス人民戦線が独立を宣言し、内戦が勃発する。当初は共和国側が優勢だったが、ユエスレオネ連邦が革命側にターフ・ヴィール・タリェナフを送り込むと形成が逆転し、南サニス人民共和国が成立する。

しかし、タリェナフは独裁者と化し、王政を宣言。南サニス王国となり隣国ヒェフュル部族連合に宣戦を布告。いわゆる、四年戦争が始まる。

 ユエスレオネ連邦ユミリア社会党政権は当初選挙戦への影響を恐れ、戦争への介入を拒んでいたが、選挙が過ぎて難民が増え始めると第二次ユミリア政権はヒェフュルを支持する形で紛争調停を開始する裏でタリェナフを拉致・追放し、ターフ・ヴィール・ウォルツァスカイユが事実上の王になり現在に至る。


 このような経緯からイェスカ主義に対する強烈な宗教的信仰を持つのが南サニスの特徴となっている。「青き女神」の示した思想であるイェスカ主義こそが至上の思想であるとされる南サニスでは、(イェスカ哲学を神官レベルを除き)当然"fentexolerフェンテショレー"が表すところは「異教徒」ということになった。

 "xolショル"の意味も、この国では「改宗」ということを意味している。また、宗教国家である南サニスでは"fentexolerフェンテショレー"はとてつもない罵倒語であり、言われた者が激昴して人を殺しても被害者の発言を証す者がいた場合は形式上の注意だけで終わる。


 このような言語文化がただ単に「狂信的原理主義」という単純なものとして受け取られるべきなのかということには疑問が残る。


 何故なら、"fentexolerフェンテショレー"-"xolerショレー"の対立は南サニスでは単純な教徒かそうではないかではなく、イェスカ主義者を含むからである。

 ショクレー語では、ショクレー人の信仰の信仰者と異教徒を固有語で"sietermelnシェテルメルン"-"sieterkynmelnシェテルクンメルン"と指し示す。前者・後者共にショクレー人の信仰を持っているかどうかを表しているのみであり、イェスカ主義者であるかどうかに関しては言及されていない。しかも、ショクレー人の宗教において救われるのは"sietermelnシェテルメルン"ではなく、"xolerショレー"なのである。

 つまり、イェスカ主義に信奉する者であればショクレー人の信仰に「改宗」せずとも南サニス国民として包摂される一種のナショナリズムを構成しているのである。


 こうなってくると前述の"xolショル"「改宗」、"fentexolerフェンテショレー"「異教徒」という日本語訳もだんだんと綻びが生じることになる。

 何故なら、本来圧力を伴う大衆宗教によるナショナリズムを避ける形で宗教的寛容を実現したカテゴリーに向かう行為を指す"xolショル"は宗教的領域での移動を指す「改宗」という語には還元できないからである。かといって、包摂された国民全てが単純な「イェスカ主義信奉者」なのかというとそういうわけでもない。連邦のイェスカ研究者から見れば南サニスのイェスカ主義は異様なものであると評価されている。ならば、"xolerショレー"とは一体誰を指すのか?


 ユエスレオネ連邦の社会学者ヒンゲンファール・V・アルヴェーガフはこの微妙な緊張関係による社会的包摂を「イェスカ・ナショナリズム」(jeskanaschイェスカナスチ icconi'arveraイッソニアーヴェーア)と呼んでいる。それは第一次社会主義時代のユエスレオネ連邦におけるユエスレオネ・ナショナリズムのようなものとは一線を画しているものである。何故なら、ユエスレオネ・ナショナリズムが民衆によるポピュリズム的な運動であったのに対して、イェスカ・ナショナリズムは単純なイェスカ主義ともショクレー人の信仰とも分化できない微妙な関係によって社会的包摂がなされているからである。

 こうして最初は奇妙にも見えた単語の意味の変化をめぐる旅は、これまた奇妙な終点に辿り着く。

 つまり、南サニスにおける"xolerショレー"は単なる「イェスカ主義者」でも「革命家」でも「改宗者」でもなく、「ネーション」(しかも、その意味は現世におけるそれとはズレている)を指すということが見えてくるのである。

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