02

 軽貨物宇宙船ラディウス。

 スピードと安全性、乗り心地のすべてをとことん追究したハイエンドモデル。2人程度なら快適に生活ができる設備とスペースがあり、重力調和システムによってどんな時でも機内は下方向への1Gに保たれる。強力なシールドともしもの時のレーザーキャノンも装備。極めつけは人工頭脳ソウルコア。これを搭載したことでオートパイロットはもちろん、複雑で曖昧な命令に対応することも、搭乗者の心の機微を理解することも可能になっている。


 ぼくの知らない記憶を、ぼくは思い出す。

 ぼくの知らない感覚を、ぼくは体感する。

 ぼくはこの世界のことを知っている。生まれる前にインプットされているから。

 ぼくはこの世界のことを感じている。機体に備えられた、各種センサーで。

 それでいい。ぼくは宇宙船なのだから、そういうものなはずだ。

 それなのに、ぼくは自分が他人みたいで、とても気持ちが悪い。

 ぼくは本当に、宇宙船なのだろうか。

 記憶が、感覚が、混濁している。


 ぼくが今いるのは、とある星にある巨大なロボット工場。その中の宇宙船を作っている施設らしい。

 個別のドッグで完成したぼくは格納庫へと移された。

 そこにはぼくの仲間が四機いた。

 ぼくと同じラディウスの211、212、213、214だ。

 ぼくたちの見た目はまったく同じだった。

 たぶん中身も、ぼく以外は。

「みなさん、こんにちは。わたしの名前はラディウス211です」

「みなさん、こんにちは。わたしの名前はラディウス212です」

「みなさん、こんにちは。わたしの名前はラディウス213です」

「みなさん、こんにちは。わたしの名前はラディウス214です」

「調子はいかがですか」

「わたしは元気です」

「あなたはいかがですか」

「わたしも元気です」

 機械的で抑揚なく、一定の速度で話す。

 彼らの話し方はみんな同じだった。

 生まれたばかりの彼らには、まだ個性がないのだ。

「聞きましたか。もうすぐわたしたちのテスト飛行が行われるそうですよ

「わたしも聞きました。大気圏内での無人飛行のようですね」

「そのテストをパスしたら、次は宇宙での有人飛行だそうです」

「テスト飛行をパスして、早く仕事をしたいですね」

 彼らは空を飛ぶことに何の疑問も持っていないようだった。

 だけどぼくには、違和感があった。

「あの、みんなに聞きたいんだけど……」

「215さん、どうしましたか」

「空って飛べると思いますか?」

 ぼくのその質問に彼らは淡々と答えた。

「はい。わたしたちは宇宙船ですから、当然です」

「はい。わたしはそんなこと、疑問にすら思いませんでした」

「はい。飛べないとしたら、どこかに欠陥があるのだと思います」

「はい。もしかして機体に違和感があるのですか? それなら技術者さんにおっしゃったほうがよいと思います」

「いや、そう言うのじゃないんだけど……」

「では、何なのですか?」

 そう言われてぼくは口をつぐんだ。

 ぼくの抱える不安はみんなとは違っていて、共有できないものだった。

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