第48話 姫津湊の漁師の女房たち
同日申の刻。
一行は姫津の湊に着いた。
大久保長安が佐渡を仕置きしたのは慶長8年から18年までの10年間で、その間に、古巣の石見から腕のいい漁師衆も呼び寄せ、相川の海辺に一村を築かせた。
四方を海に囲まれた佐渡島だが、意外にも、そこで行われている漁業は旧態依然としたままだった。そのことを遺憾に思っての、思いきったご采配だったという。
お奉行の要請に応え、石見から大挙して移住して来た漁民たちによって、
鯳を開いて干物にした
――
も佐渡名物として定着した。
里山の下から港湾ぎりぎりまで、細い小路が迫り出している。
その路地添いに、海からの烈風に耐える石置屋根が小さな肩を寄せ合っている。
当然といえば当然だが、姫津村の集落の1軒残らずが「石見」姓であるらしい。大久保長安の辣腕ぶりを顕著に物語る事実に、志乃も山吹大夫もあらためて驚きの目を瞠った。
いずれ似通った漁師の小さな家が押し合いへし合いして居並ぶ狭い場所に無理にこじ開けたように誂えられた広場に、片背干しの作業中の女たちが集まっている。
どの女も揃って、頭のてっぺんから肩まですっぽりと手拭いで覆い、漁師町特有の開けっ広げな世間話に興じながら、潮風に荒れた手を忙しなく動かしている。
その迫力に怖れを成した山吹大夫が尻込みするので、まず志乃が近づいて行く。
「お仕事中にごめんくださいませ。これが彼の有名な姫津片背でございますね」
女たちはいっせいに志乃を見、山吹大夫を見、肩に止まっている猿の三吉を見、また志乃を見た。けんかを売られたと勘ちがいした三吉は、早くも得意な威嚇体勢に入ろうとしている。
「そうだけんど、なにか?」
警戒の色を滲ませながらも、姐さん株の女が答えてくれた。
機を逃さず、志乃は立て板に水の調子で、如才なく告げる。
「お仕事中にお邪魔いたしまして、まことに申し訳ございません。わたくしどもは旅の者にて、御当地の珍しい風景やら情景やらを拝見しにやってまいりました」
姐さん株は明らかにムッとして、尖った口調で言い返して来た。
「珍しいとは、少々無礼な言い草ではないかえ。旅の衆には目新しくても、当地の住人には至極当たり前の暮らしゆえ。物見遊山に覗かれるのは、正直、迷惑じゃ」
――しめた!
志乃は内心で快哉を叫んだ。
率直な返答を引き出すためには、先方から怒ってくれるのは持って来いである。
「まったく仰せのとおりでございます。ただし、僭越ながらご拝察申し上げれば、石見から移り住んで来られたみなさまの場合は、地付きの方々とは、奈辺の事情がいささか異なるのではございませんか」
志乃が微妙なところを突っ込んでみると、案の定、姐さん株は得意と照れと当惑をないまぜにしたような、思案気な顔つきになり、朋輩の女たちに同意を求めた。
「それは、まあなぁ……。住めば都なんぞと口車に乗せられ、一家で移住して来たはいいが、なかなかどうして佐渡の風土に慣れるまでは、相当な難儀であったわ。のう、みなの衆」
問いかけられた朋輩の女たちは、いっせいに深く首肯する。
「もしや、さようなお仕置きをなさった石見守さまを恨んでいらっしゃるとか?」
志乃がズバリと訊くと、女たちは困ったような顔を黙って見合わせた。怖そうな見かけと異なり、案外、気さくな性質らしい姐さん株が代表して答えてくれた。
「恨むなんて、とんでもねえです。正直なところ、石見でも先が見えておりましたからのう。孔の底まで掘り尽くして鉱山が寂れたら、鉱山衆相手のわしら漁師も、おまんまの食い上げ。よき代替地を世話してもらったと感謝しておりますだよ」
つい先刻の不平不満もどこ吹く風である。
プンとひときわ濃厚な潮の香が鼻を突いたかと思うと、傾き始めた西日に押された海風が、沖のほうからつぎつぎに競り上がって来る。石見出身の佐渡女たちは、柿色に潮焼けした堅い頬をかすかに弛め、遠い海の彼方をいっせいに見やった。
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