第47話 佐渡島へ、道遊の割戸
満ち足りた眠りを貪った翌27日寅の刻。
新婚夫婦のようなふたりは、石見銀山から佐渡島へ向けて出立した。
志乃の闖入で爪弾きされた三吉の不機嫌はすでに常態と化している。
佐渡までの道程は鯨海(日本海)をたどる海の道だった。
海岸線が入り組んだ若狭湾を左手に舞鶴、小浜、敦賀と進み、越前からは内陸を福井へ。ふたたび海沿いを小松、白山と進み、金沢から能登半島をめぐると
対馬海流に乗った船は快調に進み、28日午の刻、目指す佐渡に到着した。
佐渡はまことにのどかな島だった。
澄んだ杜若色の海に威勢のいい大漁旗を翩翻と翻えらせる湊。
目に沁み入るような蒼天に鴎の群れが白い痕跡を描いており、
――カオ、カオ、カオ。
哀しげな鳴き声も旅情を誘ってくれる。
「うんまあ、なんとも気持ちのいい土地柄ですよねぇ。流人の島とは思えません。よかったわ、ふたりで来られて」感激のあまり志乃が山吹大夫の袖にすがると、「よしねぇ、他人目があらあな」照れながら、山吹大夫も満更でもなさそうだ。
信濃松本で出会い、石見銀山で成就したばかりの恋の道行き。
相変わらずのお邪魔虫は、言わずと知れた猿の三吉だったが、
――シャーッ!
歯を剥かれるたびに、
――イーッ!
志乃も負けずに応戦していたら、諦めたのかおとなしめになって来たようだ。
「この島で銀が発見されたのは、たしか70年もむかしだったよね、おまえさん」
志乃が問うと、すでに何度も訪れている山吹大夫が簡潔に説明してくれた。
「ある夜のこと、
「たしか、それが
志乃も知ったかぶりを披露する。打てば響き合う会話が楽しくてならない。
「思いもよらぬ吉報を受けた守護代の本間家は、さっそく多数の金穿り鉱夫を投入して、さかんに銀や銅を掘ったのさ」「さぞや有頂天になられたでしょうね、当時の本間さまは。まさに濡れ手に粟とはこのことですものね。ああ、うらやましい」ため息を漏らす志乃に、山吹大夫はその先の経緯を話してくれた。
「未来永劫に盤石に見えた佐渡の仕置きが動いたのは、不識院殿(上杉謙信)さまのつぎの、権中納言(上杉景勝)さまの時代だった。忠臣の山城守(
「あっ、志乃、わかっちゃいました。つぎは関ヶ原合戦の戦後へ飛ぶんでしょう」
話の先まわりを咎めもせず、鷹揚な山吹大夫はゆったりと補足してくれる。
「天下分け目の戦に勝利した大御所さまは、上杉の領地の佐渡を直轄領とされた。と申せば聞こえがいいが、手っ取り早く申せば、横取りなさったわけだ。で、どこまでもご運のいいことには、その翌年、相川で豊富な金鉱脈が発見されたのさ」
古来より人知れず蓄えられて来た孤島の地脈の天与の財宝に、時々の権力者が寄って集って群がるの図……。鯨海に浮かぶ佐渡島は、いつの時代でも金銀の利権争いの舞台となったのだ。
「で、いよいよ石見守さまのご登場となるわけでございますね」
「さよう。慶長8年夏、佐渡奉行を任命された石見守さまは、勝手を知り尽くした石見銀山から優秀な鉱山衆をつぎつぎに送りこまれた。まず輸送用の湊を造り、仕置きの陣屋を建て、さらに自ら町割を設計されて、一大鉱山町を出現させたのさ」
話に夢中になっているうちに、いつの間にか不思議な地形の場所に出ていた。
山の頂上が、空から
「あれはなに? どこか尋常ならざる光景に見えるけど」
無心に志乃が訪ねると、山吹大夫はムッツリと答える。
「露頭抗だよ。拙者にとっては親代わりも同然の石見守さまを貶めるようなことは言いたくない。だが、お奉行とて宮仕え、お上の命令とあらば致し方がなかったのだろう。やれ掘れそれ掘れと煽り立て、むやみやたらに掘り進めるうち、気づいてみたら、ついに山の形まで変えちまっていたというわけだろうさ」
――
いわゆる、「稼ぎ捨て山」であろうか。
あんな高所にも金が埋まっていたのか。
――際限なき人間の欲望の浅ましさよ。
不気味に抉れた稜線が、志乃には天が下された鉄槌に思われてならなかった。
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