第22話 大久保一家を根絶やしに




 

 

 生殺与奪の手綱を握られた康長の願いは、もはや、ただひとつだった。


 ――憎悪一辺倒の大御所さまのお心が、1日も早く陽性に転じられますように。石見守への懲らしめは、もはや十分であると、天下人の広いお心でお赦しくださいますように。さすれば、この玄蕃頭、生涯、忠実なしもべとして尽くさせていただく所存でございます。


 そう念じただけでは居ても立ってもいられないようで、慌ただしく駕籠を駆って城下を経巡り、妙光寺、摂取院、岡宮神社、安楽寺、長称寺、林昌寺、恵光院、正行寺、念来寺、大昌寺、本立寺、長松院、瑞松寺、宮村大明神、極楽寺、光明院、乾瑞寺、生安寺、全久院、浄林寺……あらゆる神仏に願を掛けた。


 だが、ヒリヒリと焼けつかんばかりの努力も結局は徒労に終わることになった。

  

 7月31日未の刻。

 妻の文月から届いた早飛脚は、きわめつけの災厄を知らせるものだった。

 

 ――30日午の刻、藤十郎どの(享年37)以下大久保7兄弟、御公儀の御白洲にて打ち首、あるいは切腹に処せられました。戸田藤左衛門と山田藤右衛門の両家老も自害を命じられ、配下の多数の家臣も厳罰に処せられたので、大久保家はまさに壊滅状態に陥りました。

 

 いく筋ものなみだの跡が滲む、哀切な書状だった。


 ――大久保一家根絶やしとは、なんと無慈悲な!


 大御所さまのなさりようの底知れぬ恐ろしさよ。


「大久保家が存在した事実すらも抹殺してしまおうというのか。かような不条理がまかりとおるなら、もはや神も仏もあるものか。あんなに一所懸命に祈願したのにええい、どいつもこいつも、揃いも揃って役立たずな神仏どもめが!」


 ギリギリと歯ぎしりした康長は、城下の全寺社を罵倒せずにいられなかった。


 苦悶の渦中にある康長にとってせめてもの救いは、


 ――妻の文月と娘の千都姫が、無事でいてくれる。


 ただ1点の、それだけに喜悦に満ちた事実だったが、それにしたところで、


 ――いまのところは……。


 の条件付きでしかない。長男の妻とその母であるふたりは、もっとも近しい親戚として大久保長安収賄事件への連座を疑われ、いつなんどき捕縛されてもおかしくない立場である。いまこうしている間にも、刻々と魔手が迫っているかもしれぬ。できることなら、すぐにでも江戸へ駆けつけてやりたいが、渡辺筆頭家老が示唆したとおり、下手に動けば、事あれかし勢力の思う壺であることは明々白々だった。


 ジリジリと甚振いたぶられながら、手も足も出せずにいる康長は、さながら日照りの畑でのたくりまわる蚯蚓そのものだった。

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