第14話 石川教正の出奔とその後




 

 翌3月11日巳の刻。


 色とりどりの小花を散らせた一張羅の小袖をまとい、いつもより念入りな化粧を施した志乃は、一方的な恋心を抱く山吹大夫と肩を並べて中町通りを歩いていた。


 やかましやの下女頭には叔母の見舞いに行くと届けてある。万一露見したらそのときと肚を決めた志乃は、大胆な白昼堂々の逢引を、心から楽しむつもりだった。


 

 天正18年(1590)、小田原の北条氏を討った豊臣秀吉は、かねてより目の上のたん瘤と疎んでいた徳川家康を、加増移封の体裁で体よく関東へ追い払った。


 一方、幼少時から仕えた家康を裏切って自分のもとに飛び込んできた石川数正を河内8万石から信濃松本10万石に移し、家康の関西進出封じの重要拠点とした。


 豊臣大名として新任地・松本に赴いたとき、数正はすでに58歳になっていた。

 この地を終の棲家と思い定めた数正は、城主の権威の誇示と実践への備えを同時に備える秀吉の城づくりを手本に、豪奢にして堅固な城郭と機能的な城下町の建築にとりかかったが、それから3年後に死去したため、


 ――はがねのような城を……。


 という執念のような遺志は、嫡男の康長にそっくりそのまま引き継がれた。



 数正が家康のもとを出奔した理由については、いまもって謎とされている。


 幼い秀頼に心を残して太閤秀吉が身罷ったあと、天下分け目の関ヶ原合戦で東軍に就いたことから、ふたたび自分の配下となった石川家の動向を、家康は江戸からどう望見していたのだろう。いかに器量が大きくても、かつて自分の寝首をかいた男とその一族を許せるだろうか。いや、無理だろうと、大方の者が思っていた。

 

 宿縁の父子の情熱の結晶が、山吹大夫に寄り添う志乃の前に展開されていた。

 せっかく触れれば届くほどの至近にいる山吹大夫だが、あいにく猿の三吉を肩に止まらせている。その三吉がよそ見をしている隙に近寄ろうとすれば、黄色い歯を剥き出しにして威嚇して来るのが、新たな恋にときめく志乃には不満の種だった。


 志乃の想い人といえば、鈴木右近のはずだったが、


 ――右近さまは右近さま、大夫さまは大夫さま。


 年端もいかぬうちから「奔放はくノ一の是」と叩きこまれて来た諏訪巫の志乃のなかに、いささかの矛盾も葛藤も、ましてやましさなど存在するはずもなかった。


 志乃の想いを知ってか知らずか、惚れぼれするような男前の頬に、お城の外堀の水面をチラチラ反射させた山吹大夫は、石垣越しに天守閣を振り仰いで称賛する。


「まこと大したものでございますねえ。ふつうなら隠居が当たり前のご高齢に着任された新任地で、かくも壮大な難事業に挑まれた……。口さがない世間はいろいろ言うかもしれませんが、気質、体力ともに、余人には真似ができないでしょう」


 人目を忍ぶ出自のせいか持って生まれた天邪鬼で、何事にも共感より反発を優先させたがる気質の志乃だったが、今日という今日ばかりは別格である。


「んまあ、山吹大夫さまもそう思われます? 日向ぼっこで居眠りしていてもおかしくない年齢に一から出直されたのですもの、まことご苦労が偲ばれますよねぇ」


 できるだけ女子らしい感じを出しながら、殊勝げに同意を示してみせた。

 抜けるような空を映した堀の水面に、真白な鳥が1羽、黙然と浮いている。

 枝垂れ柳の下にいたもう1羽が、スイッと泳いできてピタリと寄り添った。


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