第9話 下剋上の内紛再発
翌2月19日未の刻。
城内で内紛が再発した。
この機会に因業な年寄衆を一掃しようと目論んだ若手は、あえて城主の面前での交渉を選んだのだろう。城郭の中ほどに設けられた広間に、渡辺金内筆頭家老と、若手代表の伴三左衛門の胴間声が交互に飛び交った。
「うぬ、若造。またしてもほざきおるかっ。年寄りを舐めると承知せぬぞ!」
「なにをおっしゃいますか、ご老体。いまこそ華ある退きどころ、ご引退の潮時でございますぞ。申し上げては何ですが、先が長いとは思われぬ御身。わるいことは申し上げませぬ。いさぎよく隠居されて、せいぜい余生をお楽しみなされませ」
売り言葉に買い言葉、両者はますます険悪に言い募る。
「うるさい! いらぬお世話じゃ。人の道は一寸先は闇。なにも年長から先に逝くとは決まっておらぬわ。この際、そなたのためを思うて言うておくが、鰯より足の速い若さに驕っておると、そのうち、後進からとんでもない目に遭わされようぞ」
「これはまた異なことをお聞きするものでございます。これから花を咲かせ、実をも成らせようという拙者と、とうに幹の芯まで枯れきったご家老の彼岸渡りが逆転するなど、たとえお天道さまが西から昇ることがあっても、絶対にあり得ませぬ」
そばで聞いている身には、子どものけんかじみて、すこぶる可笑しい。
だが、当人たちはあくまで大真面目である。
「老いぼれてから値打ちが出るのは、せいぜいが垢擦りで使いこんだ糸瓜ぐらいのものですぞ。重ねてご進言申し上げますが、そこいらでうっかり
ずいぶん前から尿漏れに悩んでいた渡辺老人は果たして、頑固一徹なこめかみに隆々と太い青筋を何本もおっ立てて、老いさらばえた獅子のように猛り狂った。
「ええい、曾孫のごとき青二才が、やかましいわいっ! そこまで言うのならば、覚悟はよいか、その憎たらしい減らず口、金輪際、叩けぬようにしてくれるぞ」
いきなり腰の刀を抜いて、上段から斬りかかった。
待ってましたとばかりに、伴三左衛門も応戦する。
自分の目の前で白刃が交わされようという事態に、小心な城主は肝を潰した。
「これこれ、やめよ。ふたりともやめよといったらやめんか。かりにも上に立つ者どもが、なんと見苦しいありさまじゃ。少しは家臣の手前も考えよ」
へっぴり腰の城主を、伴三左衛門を煽る上野弥兵衛が面白そうに観察している。
仲介の機を逸した世代間争いは、のっぴきならないところに立ち至ったようだ。
だが、人の気持ちが分からない城主は、またしても事を曖昧に済まそうとする。
「どっちの言い分も、もっともでもあるし、そうでなくもある。だが、あれじゃ、長年、同じ釜の飯を食ろうてきた朋輩同士じゃ、膝をつき合わせて話せばわかる。そうだ、それがいい。双方でよしなに。わしは所用があるゆえ、あとは任せる」
早くも腰を浮かせかけながら、自信なさげな目をあちこちに泳がせている。
子分のけんかに割って入った餓鬼大将でもこれよりましな采配をするだろうに、どっちつかずの指示を曖昧に告げたまま、康長はさっさと自室へ退散して行った。
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