第8話 藩主・石川康長VS異母兄・真田信之
2月18日酉の刻。
1週間ぶりに御殿湯(浅間温泉)の別邸から帰還した石川玄蕃頭康長は、家臣間の争いを粛然とおさめるどころか、おろおろ取り乱すばかりの醜態を演じていた。
「まったくもってなんたる仕儀じゃ。選りにもよってわしの留守中にかような騒動を引き起こしおって。よいか、ただでさえ、わが家は先代の遁走劇以来、他家にも増して御公儀から睨まれておるのじゃぞ。家来同士の内輪揉めなどという不祥事が漏れでもしたら、御家取り潰しの好餌にされかねぬ。なのにこの体たらくは……」
くどくどと聞き苦しい愚痴を垂れ流し、申してはなんだが康長の
――残念ながら、わが殿さまは至って
伝えられるご先代の剛毅ぶりは、かけらも受け継いでおられぬ。
凡人を主君として仰がねばならない、ご家来衆こそお気の毒というものだ。
見ず聞かず考えずの下女に徹した志乃は、赤い襷の胸をひそかに波打たせた。
しかし、嫡男として過保護に育ち、城内で聞き耳を立てている配下の心情を慮ることもできない2代目は、
「そうじゃ。さっそく
「はい、殿さまのお怒りは、ごもっともと存じます」
懸命に同意する近習は、腰巾着の
――名君には相応の、不出来な主にはこれまた相応の家臣が就くということか。
これまこと、世の習いというものであろう。
苛烈な試練に堪えきれず夜陰に乗じて行方を眩ましたり、井戸に飛びこんで自ら命を絶つ者まで出る諏訪巫の修業を経て一人前のくノ一になった志乃の眼差しは、腹ちがいの義兄に当たる上野国沼田藩主・真田信之と、ついつい比較していた。
――諸国を遍歴なさった右近さまが、ふたたび仕官された理由も奈辺にあろう。
一点の曇りもないその真実に思い至ると、志乃の胸にほのかな灯りが点った。
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