第4話 深志城下の四神相応
同日午の刻。
志乃は忍仲間のツナギに報告するため、城下の
目の底を洗われるほど澄んだ青空のもと、行き交う町人や近郊から出て来た百姓どもはいちように頬を上気させ、心地よい微風が襟足を吹き過ぎるに任せている。
鋭い稜線を連ねる飛騨山脈の白馬の雪形が、近付く田植えの季節を告げている。
標高の高い土地柄、1年の3分の1は酷寒に堪えねばならない人びとは、階級を問わず、すべての老若男女が待ちわびた春の到来を、思い思いに楽しんでいた。
閑話休題。天正18(1590)年、小田原征伐の論功行賞として豊臣秀吉から信濃深志(松本)10万石を加増転封された石川数正は、一族郎党を引き連れ河内8万石から移って来ると、それまで縁もゆかりもなかった当地をおのれの終の棲家と思い定め、秀吉風の堅牢な城郭とそれを支える城下町づくりに余生を傾注した。
その際、城下町の図面描きに
四神とは、東の青竜(流水)、西の白虎(大道)、南の朱雀(窪地)、北の玄武(丘陵)の四獣を指すが、松本においては、東方に流れる女鳥羽川と薄川、西方を奔る千国街道と野麦街道、さらに奈良井川や薄川の舟運、南方の窪地にひろがる広大な低湿地、そして、北方の放光寺山や芥子坊主山、伊深山がそれに当てられた。
春風にうなじを任せるおきゃんな町娘に扮した志乃が、ふた昔前の先人の労苦を偲びながらにぎやかな城下を歩いて行くと、やがて北口の十王堂にさしかかった。
此岸の罪を閻魔さまに裁かれる十王堂だが、なぜか一方には、すべての罪を赦してくださるという、見るからにやさしいお顔立ちのお地蔵さまが安置されている。
煩悩に悩まされる人間を突き放しただけにしておかない、仏の配慮だろうか。
――罪多きこの身ではありますが、彼岸ではどうか極楽へお導きくださいませ。
赤い帽子をかぶってほほえむお地蔵さまに向かい、志乃は一心に手を合わせた。
古えからこの地の氏神だった岡宮神社は城下町の
暮らしに密着した寺院とちがい、祭礼でもない限り、神社に人は寄りつかない。
人っ子ひとりいない真昼の境内は、隠密がひそむには打ってつけの場所だった。
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