第145話 華麗な蝶のイルミネーション

 無数の蝶が舞い踊っていた。


 小夜が夢中になるのも無理はなかった。色とりどりの蝶たちは、自由だった。あるものは群れながら乱れ飛び、あるものは拡散しながら渦を巻いていた。交差するように弧を描いて飛ぶかと思えば、舞扇のように大きく広がりながら飛んでいた。あちらでは優雅にうねりながら舞い上がり、こちらではきれいに並んで軌道を描く。色も多彩なら光の軌跡も多彩だった。それぞれの蝶は一見まとまり無く、しかし、秩序を守って明滅し、あたかも蝶たちが本当に飛翔しているように見える。遠く彼方まで繰り広げられる光の舞台は壮大で、美しかった。


 さらに観客を圧倒したのは全体の配置だった。蝶たちの動きは様々でありながら、全体では一つの形を成していた。手前から遠くに向かって中央で大きく分かれて道を作っているのだ。まるで、眺める者を迎え入れようと誘っているかのようだった。二人の眼前で展開する光の渦は至高のアートだった。

 不明を零央は恥じた。壮麗な装飾を目の前にしながら、小夜に注意が向き過ぎて気づかなかったのだ。華麗なイルミネーションに眼を奪われていると傍らの小夜が言った。


「きれいでしょ?」


 頷きながら零央は笑みを送った。二人は集う人々の間に混じり、美しい蝶の乱舞をしばらくの間眺めていた。

 再び歩き出した二人の前で光の競演はなおもやまなかった。白く天空に浮かび上がった観覧車を目指し、電飾で彩られた木々や丘を望みながら二人は遊歩道を歩いた。芝生の感触が靴裏から伝わる遊歩道は起伏や凹凸があり、二人は時に手を携えて歩いた。


 圧巻だったのは、七色に輝く光のトンネルだった。輝きの先には周辺のイルミネーションも透けて見え、中を歩いていると身の周りを光の集団が取り囲んでいるような感覚を覚える。ファンタジー好きなら、妖精の光にでも喩えるのかもしれない。光の渦は心に温かみを燈した。暗闇の中なら尚更だった。光の集団に突入した瞬間に心が踊り出し、顔が勝手に笑い出した。隣の小夜を見やると視線がぶつかった。小夜の顔も笑っていた。高揚のままに二人は腕を組んで歩き始めた。言葉は何もいらなかった。


 トンネルを抜けてしばらく歩くと、二人は腕を解いた。周囲は通常のイルミネーションへと戻り、暗闇を背景にして小さな光たちが燈っていた。輝きの減少に伴うように辺りを歩く人の姿も少ない。零央の身体には熱が尾を引いていた。皮膚は気温の低さを確かに感じているのに、寒くない。不思議な感覚だった。頬を静かに弄る冷たい風が心地良くすらあった。小夜は零央のやや前を歩いている。歩きながら、風にそよぐ髪の毛を撫でつけている。


 歩く間に、二人は賑わいから外れた場所に辿り着いた。施設の外れだ。周囲は人が見当たらず、喧騒を冷たい空気が遠く伝えてくる。電飾を散りばめた丘があり、丘の上には小さな森が影の固まりとなって見えていた。丘を抜ける小道の脇に木立が数本立っている。小夜は木立の一つの下で立ち止まり、広がる枝葉を見上げている。後ろに立つ零央からは表情は見えない。


 小夜に視線を注いでいる内に高揚した気分は静まっていった。緩やかに熱気が引いていく。心地良い興奮が去ると、心の空白に苦い記憶が蘇った。木を見上げる少女の姿だ。記憶の中の少女は小夜の後ろ姿と重なった。心の苦味は小夜が木の幹に手をやった瞬間に頂点に達した。続く言葉も蘇った。


『あたしでなくてもよかったんだよね』


 言葉は、今も心に刺さった棘だった。ぶり返した胸の疼きは、零央に重い口を開かせた。

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