第144話 姿の消えた小夜
…このまま何事も無く過ぎればいい…。
はしゃぐ小夜を見守りながら思っていた。
…そうしたら…。
アウトレットパークで交わした約束を思い出していた。春には二人で約束の場所に行くのだ。二人で、ただ、行きたい場所に行く。そんな何でもないことを零央はしてみたかった。後継選びも終盤を迎え、ゴールも近づいてきた今、約束の場所を訪れることが零央にとって大切で、何よりも大事な目的になっていた。
「―!?」
衝撃が走った。
小夜の姿が消えていた。
小夜さん!?
急に足を止め、零央は慌てて首を巡らせた。
小夜の姿は、やはり、無い。
変わらず闇は濃く、人の数が増えていた。イルミネーションの明かりは集い歩く人々を薄く浮かび上がらせてはいても、闇を払うようなものではない。小夜の姿はどこにも見当たらず、間違いなく見失っていた。
「―」
名を叫ぼうとし、危うく零央は思いとどまった。こんな場所で大きな声を出せば他の観客を戸惑わせるだけだ。小夜は幼い子供でもなければ、火急な事態でもない。胸の重みを抑えつつ、零央は小夜の姿を求めて再び歩き出した。歩みは自ずと早い。
だが、しばらく探し歩いても小夜は見つからなかった。胸の重みが増した。
―まさか。
嫌な予感がした。
無量の顔を思い浮かべていた。強引な接触を防いでからは妙な動きは感じられなかった。小夜にも訊いて、不審者の気配が消えたことも確認している。違法な手段から手を引いた可能性は高く、最近ではほとんど忘れかけていた。懸念が再燃していた。不安は零央を突き動かし、足をさらに早めた。
「―すみません」
肩のぶつかった観客に謝り、深く息を吐き出すと零央は足を止めた。強く息をしながら周囲を見回した。やはり、小夜の姿は見当たらない。
どこにいるんだ!
不穏な想像は零央を苛立たせた。無量に電話をしようと思い、携帯電話を懐から取り出した。荒く開いてかけようとしたところで気がついた。
そうか。兄さんにかけるんじゃなくて、小夜さんにかければいいのか。
単純な気づきは零央を落ち着かせた。携帯電話をしまうと努めて緩やかに歩き、小夜を探した。もう少しの間探し歩き、見つからなければ電話をしようと思っていた。
今度は見つかった。視界の先に小夜らしき人物を認めていた。暗がりと人混みで見分けるのが難しく、零央は眼を細めた。小夜らしき人影は柵のイルミネーションの前に立ち、他にも多くの人が柵の前に集っていた。イルミネーションによって目まぐるしく変わる光と影の綾も確認を難しくしていた。零央は人の間を縫いながら近づいた。
確かに小夜だった。時の流れに応じて彩りを変える柵の光に照らされながら、視線の先にある何かを一心に見つめている。
「小夜さんっ!」
駆けるような足取りになりつつ、零央は声をかけた。小夜が笑顔で振り向く。
「見て、これ!」
返ってきた反応に一瞬、気分を害した。小夜があまりにも無邪気だったからだ。短い時間とはいえ、心配した度合いは尋常ではなかった。零央の自然な感情の流露だった。
すぐに思い直した。心配したのは自分の勝手な反応だ。事実、ただの勘違いだった。それなのに小夜に対して怒りをぶつけるのは間違っている。そう思った。視線の先で小夜は変わらず笑顔を向けている。
「何かありましたか?」
落ち着いて問いかけながら、小夜の指差す方へと視線を移した。
「―」
息を呑んだ。
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