第137話 テーマは決済

     

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 零央はデパートの入口に立っていた。場所は船橋。日曜日の午前十時前。開店時間まであと少しの頃合いだった。

 大きなガラス製のドアの近くに零央は立っている。前面は他の建物との間を繋ぐプロムナードになっており、赤茶けたタイルの敷き詰められた通路は少しばかり年月の経った様子を示していた。零央のいる場所からは駅前の商業施設も見え、近隣に立脚する大型スーパーの白い建物と側面の大きな赤いロゴやテナントの表示が見える。左手にはデパートのロゴが大きく見えていた。天気は晴れで薄い雲がかかり、町並みの向こうには白く霞がかかったような空が広がっていた。


 本日も小夜との待ち合わせだった。目的は当然、銘柄探訪だ。今回、定めたテーマは決済だった。

 決済は零央が抱いている興味の一つだった。今も出版取次との提携は続いており、朱音とも継続して顔を合わせている。だが、あのアイデアは零央が考え出した事業の一つに過ぎなかった。機会があるなら手がけてみたい分野が決済だった。人も資金も必要な事業なので、現在の立場では実現は難しい。ならば、自分の代わりにやってもらうつもりで関連の企業に投資するというのも一つの案であり、そう考えての今日の探索だった。


 零央の選択した家電量販店はデパートの中にある。同じ会社の店舗が付近にあり、そちらの方が規模は大きい。本格的に商品を探すならそちらなのだろうが、今回はある意味冷やかしだ。店内の見学が目的であって購入したい物があるわけではなかった。そうした理由もあって交通の利便性が高く、回遊するにも楽な小規模な店舗の方を選んでいた。

 対象は決済に該当するものなら何でもよかった。クレジットカードでもいいし、ポイントでもいい。電子マネーやコードを利用したスマホ決済も面白い。来店客がどのような商品を買い、どのような支払い方法を選ぶのかが見たかった。見聞の一つ一つが新たな知見をもたらしてくれると期待していた。

 加えて、家電量販店自体も上場企業だった。取り扱い品目を家電以外にも広げ、ネット販売にも積極的だ。関心が持てた。こちらも同時に視察ができて効率的な一日になりそうだった。


 場所はデートだと思えばあまり相応しくはなかった。しかし、そういう気負いが零央には無くなっていた。

 岬で小夜を抱き締めた後、手を繋いで帰った。駅まで二人とも無言だったが、穏やかな気持ちに包まれていた。零央は小夜をホームまで見送った。もし、家まで送って帰れば、確実に狼になる自信があった。列車が出発することになり、手を放す時、やたらと名残惜しかったのを覚えている。


 …あの日、二人の間には何かが宿ったような気がする…。


 見送った時の感触を思い出すかのように、零央は手袋をした指先を見つめた。思い返している間の気持ちも穏やかだった。腕の中に抱いたあの日から、小夜の存在をより身近に感じていた。穏やかで、それなのに確かな感情だった。

 翌日の探索は休みになった。約束するのを忘れたからだ。週が明けてから連絡を取り、日曜日を選ぶ理由を告げて昨日も休みにした。間を空けての逢瀬だった。


「おはよう! 待った?」


 横からの声に顔を向けると店の側から小夜が出てきていた。

 小夜はスタジャン姿だった。濃紺のメルトンでできたスタジアムジャンパーの袖は本革だった。乳白色をした袖の両の肩口には円形や盾の形をしたワッペンが縫いつけてあり、それぞれアルファベットの文字列が下に数行並んでいた。前に白い縁取りの文字が右に二つ、左に二つ縦に並んでいて、ブランド名が大きくデザインしてある。賑やかなジャンパーだった。身体より大きめなのか、もこもこした印象になっていた。

 頭には帽子があった。つばの突き出たベースボールキャップのような帽子だ。前面に盾の形をした大きな刺繍が施してあり、キャメルブラウンの帽子もメルトン素材で暖かそうだ。髪は三つ編みにしてあった。首には薄い茶をベースにしたマフラーが巻かれている。長いマフラーなのだろう、ぐるぐる巻きになって口元が埋まっている。ボーダー柄の手袋もしていた。ボトムは上に余裕があり、裾で細まったベージュのパンツだった。折り返した裾からこちらもボーダー柄のソックスが覗いている。靴はスニーカーだ。珍しく手荷物は持っていなかった。

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