第135話 金で話が済むのはいいこと

「だから、何さ?」


「いえ。ですから、お話が矛盾しているような気が…」


「どこがさ?」


「えーとですね、大抵のことは何とかなるということは、つまり、物事が楽なわけであって、シビアという言葉と食い違っていますよね?」


「全然。食い違ってるのは零央くんの受け止め方」


「えーと」


「もう! いい? 今、話してたのは投資について。前に話したのはお金の使い勝手。んでもって、シビアってのは、投資のやり直しが利かない側面とかを零央くんが評しただけ。で、現実的って方はどちらにも当てはまって、お金は現実的で効能があるから大抵のことには対処できるわけで、零央くんの言葉を使えば確かに楽っちゃ楽だよな。どう? 矛盾してる?」


「いえ。ぼくが間違っていました」


「だよね。分かればいいよ」


 寒風の中でのやり取りは続いた。冷たく凍える場所からの移動を願いつつも、零央は、ふと小夜が垣間見せた寂寥をやり過ごすことができなかった。気持ちは言葉に変わって口から出た。


「…でも、何とかならないものもありますよね?」


 問う零央の頭にあったのは、バッグについて話した後の小夜の呟きだった。どうしてこれほど執拗に問いかけているのか自身で判然としない。回答を引き出せたとしても指し示すものが違っているかもしれない。ストレートにアプローチできないもどかしさが声に滲んだ。問いと共に出た吐息が白く濁りながら強い風に吹かれて散り去っていく。問われた小夜は顔を歪めて口をつぐんだ。次に口を開くまでに随分と間があり、どう話をしようかと考えあぐねているように見えた。


「…そりゃ、あるよ。金があったからって何でも思い通りになるわけじゃないからね」


「なら、お金は小夜さんがおっしゃるほど現実的でも効能があるわけでもありませんね」


「んなことないよ。さっきから繰り返し言ってるだろ? 『大抵の』ことは何とかなるんだからさ」


『大抵の』という箇所だけ小夜は声を強めた。


「前にも言っただろ? 金があれば生活できるんだからさ、それだけでも大したもんさ。守りたいもんだって―」


 言いかけて、何故か小夜がやめた。


「…とにかくさ。金があるといろいろできんだって。零央くんだって聞いたことぐらいあんでしょうが。賠償金とかさ。人の命だって金に換算できんだよ。そうやって世の中は動いてんの!」


 強い口調で小夜が言い切った。どこかふてくされているような言い様に聞こえた。今度顔を歪めたのは零央の方だった。


「…それは、いいことなんでしょうか?」


「…いいも悪いもありゃしないよ。そうしないと世の中が動かないんだから」


 答えた小夜の顔も歪んでいた。


「…敢えて言い切りゃ、いいことだよ。金で話が済むのはね」


 静かな口調には自身に言い聞かせているような響きと翳りがあった。

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