第85話 二人の約束

「また、考え込んでる」


「あ、すみません」


 小夜の声で零央は我に返った。


「ま、いいけどね」


 小夜の声は顔つき同様に笑いを含んでいた。困った子どもでも見るような表情だった。


「何か冷たいものが欲しいな。動こうよ」


「そうしましょう」


 二人は立ち上がると、再び回遊を始めた。提案に反して小夜の探索意欲は強く、飲食のできる場所に辿り着いたのは一区画分のゾーンを見て回ってからだった。フードコートの一角で見つけたカフェは、意外なひらめきを零央にもたらした。ソフトクリームも販売している店は千葉所在の牧場ゆかりの店だった。


 ここって確か―。


 急速に印象的な光景が脳裏に差し込んでいた。一面に咲く菜の花と黄色い花々に囲まれた男女の姿だった。印刷物に使用されていた写真上の男女は、頭の中で零央と小夜の姿にすり替わっていた。


 行った経験は無い…。いや、無いからいいんじゃないか!


 カウンターで支払いを済ませ、両手にソフトを持って移動しながら零央は決意を固めていた。オーダーを任せて一足先に店舗手前のテーブルについていた小夜にソフトを差し出しながら、即興で固めたプランを切り出した。


「あ、あの―」


「はん?」


 緊張した面持ちの零央に対し、小夜は気の抜けた返事をした。ソフトを受け取った後も零央を見上げて続きを話すのを待っていた。


「―試験が終わったら、このソフトクリームを作っている牧場があるので一緒に行きませんか? えっと、その、教えてもらったお礼…ではなくて、そう! 試験の終了を祝して!」


 勢い込んで言ってからも零央は実直な表情を崩さなかった。眼を丸くしていた小夜が表情を崩した。


「いいよ」


「え?」


「いいよ、って言ったの。あたしも一度行ってみたかったしね。ちょうどいいや」


「ホントですか!?」


 笑ったまま小夜が頷いた。


「それじゃあ、試験の終了した次の日、四月の始まりの日に! 菜の花が見える場所で待ち合わせましょう!」


「分かった。…毒を食らわば皿まで、ってやつかな」


「はい?」


「何でも」


 後半の小夜の呟きは零央には聞こえなかった。

 その後、二人はソフトクリームを食べ、見残したゾーンを満喫してから帰路についた。

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