第81話 贈り物
しばらく通りを回遊していた小夜が不意に足を止めた。とある期間限定ショップの前だった。遅れて歩いていた零央は追いつくと、ショーウインドウを覗き込む小夜の視線の先を追った。
中で輝いていた品は、ペンダントだった。
シルバーの鎖の先に薄青の石がついていた。ターコイズだ。丸く小粒なターコイズを艶やかな銀色の弧が二つ取り巻いていた。石とそれぞれの弧の間には隙間があり、中央が膨らんでいる弧は石に繋がる先端に向かうに従って細くなっていた。大きさの異なる円が三つ、上部の一点で接しているようなデザインだった。二つの弧は青い石から零れ落ちる雫のようでもあり、石から放たれて広がる光のようでもあった。おそらくはハンドメイドの品なのであろう。雰囲気のあるデザインにもかかわらず価格はそう高くはなかった。五桁には届かない。
「買いましょうか?」
「え?」
笑んで見下ろす零央と振り返った小夜の視線が合った。小夜の目には戸惑いがあった。数瞬、瞳の光を揺るがせた後で小夜はウインドウの中に視線を戻した。
「いい。自分で買う」
「ダメです」
「な―」
抗議に開かれた小夜の口は続く零央の言葉で固まった。
「費用は、ぼく持ちという約束です」
零央を見る小夜の瞳が大きくなった。
「それでは、買ってまいります」
「ちょ―」
慌てた様子の声など聞こえぬかのように零央は店の中に足を踏み入れた。普段は穏やかで優柔の気すら感じさせる零央は、思い定めると果断なところがあった。この時も間違いなくそうだった。わずかな時間の後にはペンダントはケースごと愛らしく包装され、小さなペーパーバッグに収まって小夜の手の中にあった。
「…」
両の手の平の上に載ったペーパーバッグを掲げたまま小夜は眉間に皺を寄せていた。
「観念してください」
そんな小夜を零央はおかしそうに見ていた。
「ぐぬう」
視線だけ零央に寄越し、小夜は唸った。
「いいじゃないですか。材料探しの間の必要経費ですよ、必要経費」
「くそっ」
にこやかに笑う零央とは対照的に小夜は忌々しそうに吐き捨てた。ペーパーバッグを持ち替えると、小夜は大股で近くのパラソルを目指した。
「こうなりゃ、ヤケだ」
後を追う零央の耳に小夜の呟きが届いた。
小夜は、遊歩道の中ほどに備わった大きなパラソルの下にある椅子に音を立てて座った。丸いテーブルを囲む椅子は四脚あり、零央も小夜の斜め向かいに居場所を落ち着けた。小夜は中から包みを取り出すと、一瞬思い止まってから静かに開いた。リボンを解き、包装紙も丁寧に取り除いてペーパーバッグに畳んで収めた。乱暴な開け方は嫌な様だった。ケースの中身を身につけるときつい目つきで零央を見返した。
「どうだ? 似合うか?」
蓮っ葉な言葉遣いと挑むような目つきだった。和やかに零央は受け止めた。
「ええ。とても」
形はどうあれ、自らの贈った品を受け入れてくれたことが嬉しかった。また事実、明るい空のような色の石を嵌めた品はよく似合っていた。固かった表情を小夜が崩した。
「やれやれ。適わないな、もう」
苦笑顔になった小夜は声を落として尋ねた。
「ホントに似合う?」
零央が静かに頷くと、小夜は椅子の背に身を預けた。
「そっか」
パラソルの影に収まった二人を穏やかな空気が包んだ。
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