第80話 生活も逆張り

     

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 零央と小夜は並んで歩いていた。二人の左右には大きな建物を区切った店舗が並び、ブロックで整えられた広い遊歩道には人が溢れて賑わっていた。歩く人々の年恰好は様々で、家族連れがいるかと思えば同年齢と思しき集団が闊歩し、カップルも多かった。晴天の空から降る日差しは店舗から大きく突き出た庇に遮られてなお、ざわめく人々を明るく照らし出していた。九月の陽気は未だ夏の面影を携えていた。

 二人のいる場所はアウトレットパークだった。千葉県の東京湾に面した地域に立地するショッピングゾーンへの来訪は小夜のリクエストだった。公共交通機関で移動してきた二人は、バスロータリー近くのゲートで待ち合わせて入場したばかりだった。


 今日の小夜はパンツスタイルだ。膝下までのスリムパンツに半袖のプルオーバーを合わせて着ている。淡いピンクのプルオーバーは丸い襟をしており、袖と裾に白黒のボーダーが入っているので一見重ね着しているように見える。ベージュ色のパンツの下は素足で、つま先の見える細いストラップのサンダルを履いていた。長い髪を首筋でまとめ、切り返しでトーンを変えた茶のショルダーバッグを肩にかけた姿は軽快だった。

 隣の零央も軽装だった。深みのある赤のTシャツにアイボリーのボトムをはき、靴はスニーカーだった。いつもの如く手荷物や装飾品はない。

 並んで歩く二人の脇をはしゃぐ子どもの三人組が通り過ぎた。どこでもらったのか全員が風船を持っている。小夜が口元で笑んで見送った。


「いいよね、子どもは」


「無邪気なところが?」


 小夜は首を横に振った。


「何も心配しなくてよさそうなところが」


 零央は押し黙った。小夜の発言が常日頃の心境を反映しているように思えたからだった。どう受け答えするべきか迷っていると小夜が言った。


「前から気にはなってたんだ、ここ」


 周囲を見回す小夜の表情は明るい。


「来る機会が無かったんですか?」


「ううん。わざと来なかったの」


「? なぜですか?」


「出来たばかりって、人が多いじゃん」


「人混みを避けて?」


 小夜が頷いた。


「あたし、生活も逆張りなんだ」


「なるほどお」


 感嘆の思いが零央の声にはこもっていた。小夜が視線を送った。


「何だよ。調子狂うな」


「いや、何だか妙に納得しました。小夜さんって、物事全般に一つの考え方が浸透してるんですね」


 軽く鼻を小夜が鳴らした。


「あんたを選んだのだって逆張りじゃんか」


「え?」


 すぐに思い当たらなかった零央は足を止めて小夜を見た。


「前に、依頼してくれたのがあんたで良かった、って言ったの覚えてないの?」


「ああ、そうでした」


 指摘されてようやく思い出した零央は笑みを浮かべた。小夜の言葉を勘違いした自分の心の動きも一緒に思い出していた。あの時、小夜は多大な損失を蒙った零央の状態を下がった株に喩えた。


「ありがとうございます」


「ん?」


「ぼくのことを買ってくださって」


 でなければ、君とこうして歩くこともなかった。


 心の中で零央は囁いた。小夜は照れくさそうに表情を変えた。


「別に。いつも通りさ」


 素っ気なく言うと先に歩き出した。零央は静かに後を追った。

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