第79話 お願い
「…すみません」
「いや、謝ってほしいわけじゃなくてさ…」
沈黙が落ち、仕方なく零央は正直な気持ちを告げた。
「…小夜さんと会えて嬉しかったものですから」
「はあ?」
大仰に小夜が顔を歪めた。
「あのね、いくら独りで市場と向き合うのがしんどいからって、辛抱足らな過ぎ」
…そういう意味じゃないんですけど…。
胸の中の思いを零央は口にしなかった。違った受け取り方をしてくれたおかげで不都合な展開は避けられそうだった。
「いい? 次はもう少し粘るんだよ?」
零央が返事をして、小言の時間は終わった。立っていた小夜が椅子に戻ると言った。
「で?」
「は?」
声と共に零央が顔を上げると、穏やかな小夜の顔があった。
「次はどうするのかな、って」
「休みます」
「ん」
小夜が小さく笑んだ。
「覚えてたね。いいんじゃないの?」
お礼の言葉を零央は口にした。小夜に褒められても、あまり嬉しくはなかった。会う機会が減りそうな予感がした。
「んじゃ、あたしも休もっかな」
座ったまま背伸びする小夜に零央はお伺いを立てた。
「…お願いがあるんですけど、聞いていただけますか?」
「あん? 何さ?」
「もう一度、材料探しにつき合っていただけませんか?」
言うと、小夜は考え込むような表情をした。開いた親指と人差し指を顎に当て、目線を上にした。わざとらしいまでの思案の仕草だった。
「…あくまで、材料探しだよね?」
「そうです!」
窺うような視線を送る小夜に零央は明快に返事をした。
「今度はどこ行くの?」
「できれば、小夜さんの行きたい所へ」
「? 何でさ?」
「! それは…、女性の視点を取り入れるためです!」
慌てて零央は付け足した。小夜は軽く鼻から息を抜いた。
「じゃあ―」
小夜が行き先を告げ、二人のやり取りはしばらく続いた。
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