第78話 台無し

 九月最初の日曜となった小夜の訪問は不服げな声で始まった。いつも通りの制服姿で、美加子のおもてなしの載ったミーティングデスクの横に立っている。


「何か早いと思ったら、何このタイミングは?」


「良くないですか?」


 問い返す零央の声は、反対におおらかだった。


「いや、別にいいんだけどね。利益はちゃんと確保してるし、上げたところで売ってるって意味では悪かないよ。でもなあ…」


 横に広いデスクの上に広げたチャートを見下ろしながら、小夜が腕組みをしていた。眉を寄せて難しい顔をしている。

 しばらくして急激に顔を上げた小夜は、語気強く言った。


「売った理由は!?」


 眼光が強かった。まるで怒っているように見えた。実際、怒っているのかもしれなかった。穏やかに笑って零央は受け止めた。


「上がり方が急だったからです。あとは、学校が始まるので」


「何それ!? 前のはともかく、別に学校ぐらい投資と平行してやりゃいいじゃん!」


「でも、集中してやりたいな、と思って。区切りをつけるにはいいかな、などとも思いましたし」


「区切り大事だけどね!? でもさあ…」


 小夜はもう一度腕組みをした。顔をしかめつつ再度チャートを見下ろした。


「惜しいよなあ…。いやね、利益出てるから、十分及第点なんだけど…」


 チャートを見下ろしたまま、小夜はしばらく無言だった。唐突に顔を上げた。


「問題無し! あんたの投資だもんね! 成功したんだから、これでお仕舞い!」


 無理矢理納得したような声と表情だった。こみ上げる笑いを零央は堪えた。意図的な早手仕舞いへの小夜の反応があまりに率直だったためだ。


 …ホントに投資家としては失格だな。


 小夜のお小言と惜しみ言を聞きながら思っていた。不出来な部分のある売買や、それに対する小夜の不満の表明が嬉しいのだから確かにいけない。


「何がおかしいのさ?」


「え?」


 低い小夜の声を耳にした零央は我に返った。どうやら押し殺したつもりが表情に出ていたらしい。慌てて取り繕った。


「それはですね…」


 取り繕おうとしたが、何も出てこなかった。無駄な試みだった。


「何だよ?」


 小夜の声がいよいよ低い。目つきまで剣呑になってきた。零央は慌てた。


「あ、いや、その…」


「だから、何?」


「…」


 零央はしおれた。せっかくの小夜の訪問が台無しだった。

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