第73話 自分が使う会社

「?」


 食事を止め、上目遣いに睨む小夜に零央はふと気づいた。自ずとナイフとフォークを持つ手も止まった。疑問で開いた眼で見ていると小夜が言った。


「だからあ、見られてると恥ずかしいんだけどお」


「ああっ。…すみません。ちょっと、気になることがあって」


「何?」


 小夜の声は尖っていた。零央は、声と同様の色をした小夜の視線にうろたえながらもうまい言い訳をした。


「ええとですね。銘柄を決める時、小夜さんはどうしてるのかな、なんてふと思いまして」


「へ? あたし?」


 意表を突かれたような表情をする小夜を零央は興味深く見つめた。


「そうだなあ。あたしが買う場合は、自分が使うお店や会社を選ぶことが多いね」


「たとえば、どんな?」


「コンビニとか、ネット関連とか」


 小夜の返した答えは零央の中に素直に落ち着いた。


 …なるほど。それでガルキスを持ってたのか。


 以前の会話で出てきた銘柄に零央は思い当たっていた。明るみを授かった気がした。


「意外と普通の発想ですね」


「だって、分かりやすいじゃん? 自分がいつも使ってるんだからさ、その会社の商品やサービスのどっかが優れてるのは間違いないし、どんな変わり方をしてってるかも調べなくても分かる」


 細かく頷きながら零央は小夜の話を聞いていた。


「繁盛してるなあとか、逆に客が減ったなあとか、品揃えがどうとか、サービスの質がどうとか。食べ物だったら、味、変わったあとか、コスト削ってきたなあとかさ」


「そういうのって明らかに分かるものですか?」


「そうだなあ。品揃えとかは見りゃ分かるね。って、誰でも分かるか。味も食べれば。後は結構曖昧だな。何となくってやつ?」


 何となく、か。そう言えば、前にも聞いたな。何だったかな?


 零央は自問自答した。しばらく考えて、答えは見つかった。以前チャートの話題になった時、チャートの捉え方に関してそのようなことを小夜は言っていた。零央は続いて質問をした。


「他にも何か理由がありますか?」


「あるよ。そこの会社の商品やサービスにお金使ってるわけじゃん? でも、株主だと配当で一部戻ってくるんだよね。そういうのって何かお得な気がする」


 ほほえましく思った零央は口元で笑った。小夜がムッとした顔をした。


「あ、バカにした」


「違いますよ」


「いいや。その顔はバカにしてる」


「違いますってば」


 笑みを大きな苦笑に変え、手振りを交えて小夜に抗弁した。本当にバカになどしておらず、小夜の実際的な意見を好ましく感じていたからだ。同時に、心の中にあった迷いも消えていた。


「ぼくもそれでいきます」


 表情を引き締め、前向きな光を宿した眼で小夜を見つめた。


「それでいくって…、銘柄の選択?」


 大きな動作で零央は顔を頷かせた。


「次回はその報告を聞いてください」


 小夜は首を傾げるような仕草をした。


「あんたんちで?」


「はい」


「楽しみにしてるよ」


 もう一度明確な返事を零央がし、二人は笑みを交換し合った。


「じゃ、懸案も片づいたし、楽しくやっつけちゃおうかな」


「ご遠慮なく」


 残っていた問題も消え、和やかな雰囲気に包まれて二人の食事は続いた。

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