第56話 休み
株は金銭の関わる事柄なので即物的なように思える。しかし、実際には極めて精神的な要素の強いものなのではないか。零央はそう考えた。
「…あの」
「ん?」
「株式投資って、考えていた以上にメンタルな要素が大きいものですね」
「へえ」
感じたことをただ口にした零央に小夜は好意的な笑みを向けた。
「そこに自分で気づいたんだ?」
「やっぱりそうなんですか?」
一つ小夜が頷いた。
「いいじゃないか。自分で気づくのは大事だよ」
小夜の贈ってくれた言葉が嬉しかった零央は続いて質問をした。
「さっきの、市場は人が作るって話ですけど…」
「うん」
「最近はコンピューターを使った売買も多いですよね? あれはどうなんですか?」
「変わりゃしないよ。コンピューターだって人の作ったもんだろ? 命令を与えてるのは人間だし、ソフトを組んでるのも人間だもん。間に機械が挟まってるだけで、結局、人がやってることには違いないんだ。これから時代が変わってどれだけやり方が変わっても人が市場を作るのは変わんないよ」
答えを聞いた零央は奇妙にも嬉しくなった。世の中がどれほど変わっても変わらぬものがあると聞かされたのが嬉しかったし、自分の関わっている株式市場というものが数字で表される世界にも関わらず妙に人間臭いと感じたからでもあった。
口元を緩めていると小夜が言った。
「次はどうするか決めた?」
次回は何を手がけるのか、という質問だと思った零央は銘柄について口にした。
「他にもピックアップした銘柄があったんですけど、一緒に上がってしまいました」
「ああ、違う違う」
「?」
慌てて手を振る小夜に零央は戸惑った。
「何もしないってのも大事、って話をしようと思ったの。でも、せっかくだから言っとくと今のは諦めるしかないね」
「他が上がってしまったというお話の方ですね?」
「そ。あのね。良さそうだからって何もかも買う必要はないんだよ。見込んだ株を全部モノにするなんて無理だから」
「無理…でしょうか?」
疑問を呈すると小夜が苦笑する。
「そりゃね、資金が使い切れないほどありゃ別だけどさ。あんたでさえ多いだけで有限じゃん? だったら、有望なのに集中しないと。ちょっと良さそうな株ならいくらでもあるんだから。目移りして収拾つかないよ。銘柄によって上げ下げの仕方だって違うしさ。となりゃ、自分の前に来たチャンスを手の届く範囲で捕まえればいいじゃないか。あれもこれもと手出しするのはそれこそ強欲ってもんだよ」
口に手を持っていき、零央は目線を落とした。思い当たる節があった。信用の枠を目一杯使って取引していた時の自分がまさにそうだった。
何も言えずにいると小夜が言った。
「話を戻すとさ、休みのことを教えたかったんだよ」
「休み…ですか?」
休日か何かのことだろうかと零央は思った。
「休みってのはね、何も売買しないってことだよ」
零央は理解した。小夜は先程、何もしないのも大事だと言ったばかりだ。
「下手なやつってのは年がら年中売買したがるもんだからね。これも上手いやつとの違いだね。だから、あんたもしばらく休みなよ。資金に余裕も持たせられるしね」
「…でも、試験はまだ終わってないんです」
「だから?」
一瞬、零央は言葉に詰まった。
「…だから、早く他の銘柄を手がけないと…」
小夜が鼻から息を抜いた。
「あんたならそう言うと思ったけど」
声には呆れたような響きがあった。
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