第57話 材料探し

「前にあたしが言ったこと覚えてないの?」


「?」


 追いつめられたような気分になっていた零央はすぐに思い出せなかった。


「あたしだったら他が自滅するのを待つ、って言ったじゃん」


 思い当たった零央は短く声を出した。


「思い出した? ん? だからさ、兄貴たちが自滅するのを待ってると思えばいいじゃん?」


「自滅しなかったらどうするんですか?」


 小夜が渋面を作った。


「仮定の話が好きだねえ。んなのやってみなくちゃ分かんないに決まってるだろうに。大体さあ、あんた、そんなに後継者になりたいの?」


 問われた零央は返事に詰まった。自分でも意外なほどだった。見つめたまま何も言えずにいると小夜が肩をすくめた。


「ま、別にいいけどさ。目星をつけてたのが上がっちまったってんならちょうどいいよ。見つかるまで休みなって。特に今は大きく儲けた後だしね。こういう時こそ休んだ方がいいんだよ。気が大きくなるから」


「じゃあ、来週はどうするんですか?」


「? ああ、今日みたいな訪問の話?」


 神妙な顔で零央は頷いた。投資を教わるための訪問まで休みにしたら、小夜と会えない。


 !?


 そこまで考えて零央は急に気づいた。


 何を考えてるんだ、ぼくは?


 毎週自宅で顔を合わせているのは小夜と会うのが目的ではない。投資のやり方を教わるためだ。混乱した零央は口元を押さえて俯いた。小夜が怪訝に思ったようだった。


「? どったの?」

「あ、いえ。どうします? 実際」


「そうだねえ」


 小夜が頭の後ろで手を組んだ。


「ただ単に休みにしたんじゃ、もったいないしなあ。かと言って、何の材料もないのにアドバイスできないし」


 そこまで聞いた零央は顔を輝かせた。ひらめくものがあり、すかさず口にした。


「じゃあ、材料を探しに行きましょう!」


「は?」


 手をほどいた小夜はすぐには理解できないようだった。


「ですから、街中を歩いてみましょう。何かヒントがあるかもしれない」


 満面の笑顔での主張に小夜は苦笑で応じた。


「二人で?」


「はい」


「あくまでも、投資のための材料探しだよね?」


「そうです」


 柔らかな笑みを零央は崩さなかった。小夜が鼻から息を抜いた。


「じゃ、費用はあんた持ちだね」


「もちろんです」


 当然、そのつもりだった。これで多少なりともお礼ができる。零央は内心喜んでいた。


「それじゃあ、どこで待ち合わせすんの?」


 小夜の問いを受け、零央は市内中心部にある駅の名を挙げた。分かりやすいし、繁華街なので材料探しの対象にも事欠かない。打ち合わせは速やかに進んだ。

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