第49話 異変
一万株ずつ買うのを許してくれたのは、甘いだけじゃなかったのかもしれないな…。
零央は思った。
実際にやらせてみればいい、という意図も小夜にはあったのかもしれない。そうすることで経験と実感が得られる。現に零央は手腕の無さを思い知らされていた。
…ナンピンのやり方は今後の改善点として…。今はこの状況をどうするか…。
方眼紙に視線を注ぐ理由だった。
資金の投入を手控えたために、幸い使えるお金は残っていた。千株ずつ買い進んでもいいし、一万株でも可能だ。ただ、千株では等分割にならないし、株数を増やすべき場面で減らすようではいけない。等分割を守ろうとすれば投入資金が多くなる。零央は迷っていた。
…やめておこう。
しばらくチャートを眺めてから出した結論だった。
小夜に教えを受けて初めて実行する売買だ。しくじりたくなかった。今回は信用で買っているわけではないので追い込まれる心配はないし、下げても大きく下げる状況ではなかった。ならば、当初の予定を守り、焦らずに上昇に転ずるのを待てば良い。零央はそう判断した。平均値をあまり下げられなかったことは今後の教訓にするつもりだった。
その週は、ほぼ予想通りの展開だった。下がり気味に推移し、木曜日には一時的だが百円を切って下がる場面もあった。しかし、その日の内に値を戻し、日足は同時下長線になった。アルファベットのTのような形をした足だ。ザラ場で下げ、始値と終値が同じ値になるとこの形が出る。下降局面で出ると転換を示唆することが多い。
金曜はトンボだった。姿は十字形だ。寄引同時線ともいう。一日の値動きが小さく推移し、始値と終値が同じだと出る。やはり転換を示唆することが多い。しかも終値は前日の木曜と同じ価格だった。零央は少し期待感を持った。
異変は次の週に起こった。
急激に上昇したのだ。月曜の寄り付きで前週の終値と同値で始まり、五十円上げた。ストップ高だった。続く火曜は値がつかず、水曜もストップ高となった。木曜は小さな上げ幅ながらも上昇し、金曜は大きく上げて終わった。その週の上げ幅は百四十七円に達した。持ち株は買値の倍以上になった。
すごいっ!
大きな成果を目にし、零央は興奮した。自然な感情の流露だった。
どうする?
一瞬ながら大いに迷った。
すぐに考え直した。深く一つ息を吸い込むとゆっくりと吐き出した。気持ちを落ち着けると小夜の言葉を思い出した。投資に興奮は無用だ、と小夜は言った。努めて冷静にチャートと向き合うことにした。
日足は陽線の連続になっていた。五月の終わりから六月へと跨いで上げたことになる。日足と並行して描いている月足では五月は陰線なので、逆張りを実践する今の零央から見た場合、六月には期待が持てた。
理屈で考えれば、まだ始まったばかりのはず…。
当初の考えに立ち戻っていた。今回の上昇が銘柄の資産内容の再評価から来たものであるなら、株価は七百円は超える算段だった。
…勢いは強いし、手放す理由が無い。
方針は固まっていた。小夜は、売る時には一気に売れと言った。教えを忠実に実行し、かつ、利益を出すためには売りのタイミングを見定めなくてはならない。
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