第44話 分割売買

「何だよ? 何か言いたいことがあるんじゃねえの?」


「…ええと。言うと叱られそうなんですけど」


「いいから言ってみなよ」


「…どんな感じで買っていったらいいんでしょう?」


 言い方は遠慮がちになった。以前、『自分で考えろ』と言われたことが零央の頭に残っていた。


「とにかく分割。あんた、これまでの株って全部いっぺんに買ってるよね? それ、やめな」


「どうしてですか?」


「どうしてもこうしてもねえの。四の五の言わずに教えられた通りやりゃいいんだよ、なあんて言ったんじゃ不親切か」


 低くドスを効かせた言い方をしてから軽い調子に転じた小夜が笑う。零央の顔は引きつっていた。


「理由を説明すれば、相場の変動に沿うため、だね。別の言い方をするなら、流れについて行くとでも言えばいいかな」


「相場の変動に沿う…ですか?」


「しっくりこない?」


「そうですね。と、そんな風にぼくが思うのも、一度に買ってもそれは株価の上昇を見込んでいるからであって、つまりは相場の変動に沿おうとする行為じゃないんでしょうか?」


「それは逆だと思うね。本人がそう思っているだけであって、買うのが早過ぎたり遅過ぎたりして実際には流れに沿えない場合が多い。むしろ、あたしに言わせりゃ相場の変動を拒否する行為だね。変動になんか関わりたくない、って感じかな。だから、一度に買いたがる。あんたと一緒で、本人はそんな気さらさら無いんだろうけどさ」


 零央が難しい顔をしていると小夜が話を続けた。


「理屈が先行しちまってるあんたには、こう言った方がいいのかな。分割ってのは、時間の分散なんだよ」


「時間を…分散するんですか?」


「そ。投資では分散が大事だってのは聞いたことがあるだろ?」


「株なら銘柄を分散したりしますね。投資という行為全般で言えば、投資対象を分散するとか」


「そうだね。で、株に話を戻すと、時の経過に従って価格が変遷するじゃんか? そうすっと、一度に買うとリスクが高まっちゃうわけだよ。だから、意識的に買う時期をずらすのさ」


「ああっ! そうか!」


 合点した零央は大きな声を出した。


「分割して買う理由はリスクを分散するためなんですね? 時間というリスクを」


 一つ小夜が頷いた。


「つまり、分割ってのはリスクを軽減させようっていう賢さの現われなのさ」


「じゃあ、ぼくはその点でも賢くありませんでしたね」


「そこまでは言ってないんだけどさ」


「いえ。卑下しているわけではなく、素直にそう思います」


 零央の表情は明るかった。失敗直後の期間を通り過ぎ、損失を蒙った衝撃が和らいでいることも影響していた。柔軟さを取り戻した心に小夜の言葉が瑞々しく染みていく。能力の不足を思い知らされる言葉はむしろ、敗因を明らかにして零央を明朗な気分にしていた。

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