第42話 波の収まり
次回の訪問は、結局予定通りだった。小夜はいつもの制服姿で零央の家を訪れた。
零央は客間で小夜と対面していた。服は細身の生成りのチノパンに濃いブルーのプルオーバーシャツを合わせていた。二人の間のテーブルにはイチゴとチョコレートを使ったパイにコーヒーが並んでいる。美加子が給仕に訪れた際は、今日もまた賑やかだった。
「それで?」
コーヒーを両手で支えて飲みながら小夜が訊いた。
「これが資料です」
零央は直近の年次報告書と有価証券報告書を示した。当該企業のホームページからダウンロードしたものだった。
「調査と言うには足りませんが、本社の土地と建物についても調べました。自社保有していて、あれだけでも相応の値打ちがあるので問題ないと思います」
「現地まで行ったの?」
零央は頷いた。
「法務局で登記もチェックしました。おおよその価格も把握してあります」
「えらくまたやる気じゃない」
「叱られたら直しますよ」
二人は笑みを交換し合った。
「どれどれ」
身を乗り出した小夜が資料を手に取る。
「この前の株式情報誌ある?」
零央は横に積んだ資料の山から取り出し、付箋を頼りに開くと差し出した。
「うん。悪くないね」
しばらく株式情報誌を眺めていた小夜が言った。
「何を見てそう言ってらっしゃるんですか?」
「財務内容とチャート。特にこれ」
小夜が当該のページ上部にあるチャートを指で指し示した。三年ばかりの月足が掲載されている。
「上げ下げはあるにしても、だんだん幅が小さくなってるだろ?」
「はい」
零央は小夜の指の先にあるチャートを注視した。時間が経つにつれてチャートの振れ幅が小さくなっており、起伏がほとんどない。しかも、数年に渡って同じような値で推移しているためにほぼ直線のようになっている。
「波が収まってるみたいな感じに見えるだろ?」
零央は頷いた。株価の推移はよく波に例えられる。
「波が収まるとどうなるか分かる?」
「大きな波が来る?」
目を上げた零央に今度は小夜が頷いた。零央は顔を輝かせた。
「こういう株は大体どっかで上がるもんさ。絶対じゃないけどね」
「試験の間に上がらないと困るんですが…」
「そう都合良くいくとは限んないよ。ま、上がんなかったら運がなかったと思いな」
気楽な口調で小夜が言う。零央は前回も疑問に思ったことを口にした。
「あの、ちょっといいですか?」
「何?」
「この前、上がることを心配していると『大丈夫』っておっしゃったんですけど、理由は何ですか? 今の『大体どこかで上がる』という言葉と矛盾しているような気がします」
小夜が下の唇を上げ、思案げな顔をした。
「それは、あたしがチャートで判断してるからだね。あと、経験則」
零央が口を挟まずにいると小夜が続けた。
「経験則の方から言うと、『セル・イン・メイ』って言ってね、五月は大体下がるもんなんだよ」
「確かに今月は下げてますね」
「これも絶対の法則ってわけじゃないよ。でも、経験則はバカにできない」
零央は頷いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。