第39話 小夜と美加子
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零央の目の前で二人の女性がかしましく言葉を交わし合っていた。
小夜と美加子だ。
次の日曜日、約束通り来訪した小夜に給仕に来た直後だった。珍しく美加子の側から小夜に話しかけたかと思うと、盛り上がるまではあっという間だった。
コーヒーの味わいから始まり、スイーツの魅力へと移った話は止まるところを知らなかった。手製の品から既成の品へと話の方向は移り変わり、偶然にも同じ店のファンであることが判明してからはさらに会話は過熱した。美加子が休日を利用してその店で働いており、パティシエの修行をしていることが分かった時点でかしましさは最高潮に達した。小夜の遠慮がちな申し入れで機会があれば作り方を教える約束が取り交わされ、二人の女性は意気投合した。零央は言葉もなく様子を眺めるしか術がなかった。
…よくぞここまで。
零央は内心呆れていた。確かに甘みは人に必要なものだ。零央も嫌いではない。しかし、目の前で展開する光景ほど熱狂的な情熱はなかった。小夜だけでなく、美加子の意外な情熱的側面を垣間見た思いがしていた。
まあ、和やかなのはいいことか。
零央は努めて納得した。
美加子の振る舞いは家政婦としての職務からは逸脱気味だったが、口を挟む気にはならなかった。元々寛容な性格でもあったし、何よりも小夜が楽しそうなのが嬉しかった。二人は年齢もさほど違わない。仲良く会話をする様は姉妹のようにも思えた。
「それでは、ご都合がつくようでしたらお声をかけてください」
「うん。よろしくね」
明るい声でのやり取りがあり、二人のスイーツ談義は終息した。美加子が客間を辞した。
零央と小夜はスイーツとコーヒーの置かれたテーブルにいつものように向かい合わせで座っていた。本日提供されたスイーツはチョコレートを挟んだイングリッシュ・マフィンだ。白熱の言葉の応酬の合間に小夜のチョコレート好みが披瀝されたため、今後は使った品が増える予感がした。
零央の装いは長袖のTシャツに綿のパンツを合わせたスタイルだった。Tシャツはライトグリーンの横縞が組み合わさっており、左胸にワンポイントの刺繍が入っている。小夜は今日も制服姿だ。
「甘いものがお好きなんですね」
「大好き!」
熱狂の余韻を残した小夜が言う。
「食べてる時のあの気持ち、至福ってのはああいうのを言うんだと思うなあ。普段は機会がなきゃ食べないから余計かな」
「どうしてです?」
「ばくばく食べてたら太るじゃん」
零央は笑んだ。体形を気にする小夜の気持ちがほほえましい。
「でしたら、ここにいらっしゃる間は楽しんでください。美加子さんがもてなしてくれますよ」
元気な返事とともに小夜は頷き、すぐに居住まいを正した。
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