第40話 低PBR投資
「さあて、今日は叱らずに済むのかな?」
「…そのつもりです」
雰囲気と浮かべた笑みの意味の変わった小夜に零央は気後れしながら応じた。
「で? 今度選んだ銘柄は何?」
「これです」
零央は辞書のように分厚い株式情報誌のページを開いて小夜に示した。対象のページにはあらかじめフィルムの付箋をつけてあった。
零央の選んだ銘柄は、東証一部上場の金融株だった。市場は小夜の助言に従って限定した。選び出した企業は中堅の信販会社で、最近社名を変えてペイ・ラック株式会社に商号変更していた。業務内容に目立ったものはなく、割賦事業の衰退や過払い金訴訟の増大によって業績は低迷していた。同時に株価も低迷し、百円をわずかに上回る程度で推移していた。PBRは0・16だった。
「はあ。なるほど」
概要を説明すると小夜が感嘆したような声を出す。
「低PBR投資。いわゆるバリュー投資だね」
「…これもダメでしょうか?」
上目遣いになりながら零央は尋ねた。考え抜いて出した結論にはそれなりに自信あった。が、小夜の前ではどうしても萎縮する。
「そんなことないよ。見事な答えの一つだね。しっかし、よくこんなの探したねえ。0・16って資産の二割切ってるじゃん」
「考えついてからは懸命に探しました」
面持ちを緩めた零央を小夜がねぎらった。
「頑張ったね」
一転、零央の緊張は解けた。必死で模索した答えを受け入れられた喜びは意気込みへと変換され、零央は二本の指を立てると小夜に対して示した。
「意図は二つあります」
「言ってみて」
小夜の表情は楽しそうだった。
「説明するまでもありませんが、低PBRの銘柄は企業の持つ一株当たりの資産価額を下回って株価が推移しています。このこと自体、株が下がっている証明になってい
ます。つまり、こうした株を買うことは小夜さんのおっしゃる逆張りに当てはまります」
「そうだね」
「もう一つは、リスクを低減できることです。株価が資産を下回っていますから、理屈の上では企業が破綻しても損失は発生しません。というか、もっと言えば破綻してもらった方が儲かります」
喉を鳴らして小夜が笑った。
「あんたも大分意地が悪くなってきたね」
零央は曖昧な表情で受け流した。会計上の事実を指摘しただけだが、小夜の言う通りだとも思っていた。
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