第34話 上がる株の見分け方

「…でも、紹介されてる銘柄って、いかにもこれから上がりそうに思えるんですけど…」


「それは錯覚っ!!」


「錯覚…ですか…?」


「そう! そうやって錯覚に惑わされてみんな高値を掴むの! 高値を掴むと下がって損するの! あんたが探すべきなのは下がってる株だから! 言い方を変えると低迷してる株! だから、雑誌なんかで探すな!」


 困ったように零央が顔を歪めると小夜が一つ息を吐いた。


「あのね。くどいの承知で何度でも言うよ。株は下がるから上がるんだよ。今下がってるってことはね、これから上がるっていうサインなんだよ。すんごく明確な印なのさ。だからね、あたしは出たことないから聞いた話ね。株式講演会なんかで上がる株を訊くやつがいるらしいんだけどさ。あたしに言わせりゃ、上がる株を見分けるのなんて簡単なんだよ。その時下がってる株を買えばいいんだからさ」


「でも、普通の感覚では下がっているのは悪いことで…」


「今悪いから、将来良くなるんじゃないか。この前言ったこと、もう忘れたの?」


 眼に怯えの色さえ滲ませる零央に小夜はさらに畳みかけた。


「だから、下がってる株の中から選びな。あたしに教わり続けるつもりなら、やってもらう」


 険しい表情をする小夜の声は低くなり、凄みが混じった。零央は身を竦めた。


「下がっている、どの銘柄を選べば…」


「人に訊くなっ!」


 問いは一喝されてお仕舞いだった。


「この前も言っただろ? 自分で考えて自分で選べ! そして、自分で責任を引き受けろ!」


「…はい」


「株は手取り足取り事細かに教わるようなもんじゃないの。銘柄選択なんて自分でやるんだよ。本来なら本でも読んで失敗しながら学んでいけばいいんだ。突き放されてるようで嫌かもしれないけど、こうして話せる相手がいるだけでもありがたいと思いな」


「…分かりました」


 顔を伏せる零央の前に小夜が雑誌を閉じて置いた。


「次は今度の日曜日。その方がゆっくり話せるしね。それまでにもう一回考えな」


 細く零央が返事をすると小夜が鼻から一つ息を抜いた。


「ちょっと言い方がきつくなったけどね。これもあんたのためだから」


「ありがとうございます」


 素直な気持ちで零央は礼を言った。叱られるのは嫌われているからではない。小夜が本気で接してくれている証拠だ。それが分かる程度には零央は大人だった。


「続きはまた今度。今日は帰るよ」


 穏やかに席を立つ小夜に零央も倣った。客間を出て玄関に向かっていると廊下右手のドアが開いて人が出てきた。

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