第33話 逆をやれ

「方針は決まった?」


 カップを口に運びながら小夜が訊く。中身は今回はコーヒーだった。小夜の要望だ。テーブルの上にはお手製のクッキーも並んでいた。クッキー自体は美加子が作ったもので、運んできたのは別の家政婦だった。桐矢家で働く家政婦は全員住み込みのため生活が制限されていた。その代わりに休みは多い。今日は美加子は休みの日だった。


「はい。…一応」


「何か歯切れ悪いなあ。さては楽したね?」


 片眉を上げて視線を送る小夜の言葉に零央の心臓は小さく跳ねた。


 図星だった。


 三日間それなりに頭を悩ませたもののいい案は出ず、マネー雑誌に紹介されていた銘柄の中から対象を選んでいた。


「まあいいや。一応聞こう。聞かないと話が進まない」


 零央は返事をし、小夜との間に雑誌を広げた。あらかじめ該当のページには付箋を付してあった。見えやすいように小夜に向かって雑誌を置き、チャートを指で示した。

 選んだ銘柄は小売り企業だった。特色のある雑貨や日用品を自社で開発・販売しており、海外展開にも積極的だった。近年は特にアジア地域での出店が多い。商品にも販売力にも競争力があり、時流にも乗っていた。信用で買っていたガルキス・ホールディングスの敵討ちという思いも少々あった。同じ小売り企業で失敗を取り返す腹積もりだった。過去五年で株価の上昇は十倍近くにもなっており、有望に思えた。


「これを買おうと思います。取り扱う商品も特徴があって―」


「このっ、大たわけもんっ!!」


 零央の言葉は怒声に遮られた。驚いて大きく眼を見開いた零央の前で小夜が美しい眉を逆立てていた。


「この前、あんだけ下がった株を買えって言ったのに、これかっ!? あんたには学習能力ってもんがないのかっ!」


「ですが、雑誌にはそんな株は載ってなくて…」


「当たり前だっ!! こういうのはなっ! 読者の気を引く話を載せるぐらいしか能が無えんだよっ! あたしに言わせりゃ、右肩上がりのチャートが載ってる雑誌なんかで紹介されてんのはこれから安くなる銘柄ばっかりだっ!!」


 一息にまくし立てた小夜が零央を睨みつける。息が荒かった。剣幕に押されて零央は何も言えなかった。

 小夜が大きな音を立てて両の手の平をテーブルに叩きつけた。


「あのなっ! あんたはこれまで高値を追って失敗してんだろっ!? だったら、逆をやるんだよ! 逆をっ!」


「…下値を拾うんですね?」


「そうだよっ! 言葉だけ知っててもしょうがねえんだよ! この前も言ったろっ!? やるんだよ! 実践すんのっ!」


 小夜が肩で息をしている。


「それができねえやつは、そもそも株をやる資格なんざねえんだよっ! どうせくだらねえんだから、今までに仕入れた知識も経験も捨てちまえっ!」


 言い捨てて未だ激しく肩を上下させる小夜に対し、零央は弱々しく反論した。

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