第二章 前場ザラバ

第32話 再訪問

      

       1


 きっかり三日後、小夜は零央の家を訪れた。時刻は予め決めてあった。平日なので小夜の予定に合わせて夕刻だった。


「すみません。ご足労をかけて」


「いいって。たいした手間じゃないから。部活なんてやってないしさ」


 零央は小夜から聞いて移動の手段が鉄道と徒歩だと知っていた。零央の家までは最寄の駅から三十分程度かかる。桐矢家の住人は自動車での移動を前提としていた。


「今日は随分とラフだね」


 客間のソファーに身を落ち着けた小夜が言った。

 テーブルを挟んで小夜と向かい合っている零央は、細身のデニムにオレンジ色のポロシャツを着ていた。


「いつもは大体こんな感じです。この前は初めてお会いするので、どんな格好にしようか迷いました」


「あたしとおんなじか」


 二人は顔を見合わせて笑った。


「小夜さんもこの家では普段通りにしていただいて構いませんよ」


 零央が言うと小夜は困ったような顔をした。


「ごめん。あんたと会うのはある意味仕事だと思ってるから。ここに来る時は制服で通すよ」


「…そうですか」


 かすかに落胆した気持ちを零央は味わった。


「で、先に聞いとくけど解約の書類送った?」


「もちろんです」


 零央は明確に告げた。


「ホントに?」


 悪戯っぽく小夜が目を細めた。零央はムキになった。


「ぼくは嘘は言いませんよ! …極力」


「正直だね」


 小夜が好意的な笑みを向ける。


「ま、いいや。信用しとくよ」


「あっさりしてますね」


「だって、あんたが仮に解約してなくても使わなけりゃ問題ないし、もし使ったりしてまた損したら、あたしはあんたを見限ってそれでお仕舞いだからね」 


 胸が冷たくなるのを零央は覚えた。小夜のあっけらかんとした口調が逆に堪えた。


 …良かった。次の日すぐに出しておいて。


 心底思っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る