第8話 レバレッジとは借金

 小夜の目が再び零央を見た。


「それで? どんな風に使ったの?」


 いささか不機嫌そうな声だった。零央が詳細を説明すると小夜が大きく息を吐いた。


「現金ほとんど無しで、現物で持ってたのを代用にして、しかも枠を使い切ってたって? 自分から破滅させてくださいってお願いしてるようなもんだね」


「…大量の資金を動かせば、大きく儲かるんじゃないかと思って…」


「みんな、そう思うの。で、みんな損するの」


 小夜の表情は呆れているようだった。


「あのね。大きな金額を動かせば儲かるって思うのは錯覚だから。株ってのはね、金がある人間が儲かるんじゃなくて、上手に売買した人間が儲かるの。大量の資金を動かして儲かるなら、金集めて大きくして動かしてるファンドが損するわけないじゃん。よく考えろよ」


「…はい」


 消え入りそうな声で零央は返事をした。小夜の言葉は投資家から資金を集めて運用する金融商品やその商品を組成して提供する企業のことを指していた。確かに資金を集めても利益の出ていないファンドなどいくらでもある。


「大体ね、レバレッジを利かすなんて言っても、結局借金なんだから。株は借金までして買うもんじゃないの。なまじ大きな金額を扱うと気が大きくなって、かえって失敗するしね。脇が甘くなる、ってやつだね。売買だと雑になる。あと、プレッシャー」


 真摯な眼差しを向けて聞いていると小夜は話を続けた。


「信用で買うのは本当に危ないんだよ。あんたみたいに証拠金を現物で代用したりすると飛躍的に危険度が増すしね。現物が下がれば余力が減るし、信用で買った分で損失が出れば、証拠金から差し引かれるんだよ? 余力じゃないよ、証拠金だよ? 意味分かる?」


 力無く零央は頷いた。

 言いたいことは痛いほど分かった。零央が取引の過程で実際に体験したことだったからだ。

 信用取引では購入した銘柄に損失が発生すると、その損失の金額が証拠金から控除されて余力が計算される。ということは、信用取引ではレバレッジをかけて売買ができるため利益が出ると大きくなる反面、損失にもレバレッジがかかることを意味する。零央は実際に損失が発生するまで、そのことを理解していなかった。資金激減の主因だった。


「それに金利だって気になっただろ?」


 また一つ、零央は頷いた。


「そういう小さな気がかりが焦りを生むんだよ。株に限らず、投資で焦ったら負けるよ」


 零央はもう一度頷いた。 


「売買を見ようか」


 敗因を噛み締めていると小夜が言った。零央は、あらかじめ用意してテーブルに置いてあった売買記録を取り上げた。A4のノートに書き留めたものだ。売買の日付と株数、単価、投資金額が手がけた全ての銘柄について記載してある。

 中を見始めた小夜はすぐに眉を寄せ、目を通し終えるまで寄せたままだった。


「もしかしてこれ、ほとんどピークで買ってない?」


「…そうかもしれません」


 零央はテーブルに積まれた資料の中からチャートブックを引き出すと小夜に手渡した。引き出した段階で小夜の顔が曇った。

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