第9話 手書き

「チャートブックか…。これは使わない方がいいんだよね。おまけに週足だし」


「週足はダメなんですか?」


「んー。これもチャートの一つだからね、ダメとまでは言わないけど、じっちゃんは見てなかったな。あたしも見てない。それより、これはもう使いなさんな」


「でも、値動きとか傾向がよく分かりますよ?」


「ま、そうなんだけどさ。お手軽過ぎるんだよ。受け止め方が軽くなる」


「それなら、どうするんです? まさか、何も見ないわけではないでしょう?」


「そりゃそうさ」


「じゃあ、何です?」


「手書き」


 至極簡単に言い放った小夜は、呆気に取られたような表情をする零央に二、三の本の名を挙げた。


「本読みゃできるからさ。上手くなりたきゃ面倒だと思ってもやりな」


 小夜が零央に伝え聞かせたのは、方眼紙に手書きしてチャートを作成する方法だった。手書きだと株の値動きがより理解できるらしい。メモ書きした書名を見ていると小夜が言った。


「上げに転換したのを確認してから買う方法もあるけどさ、それならそれで、せめて押し目を買いなよ。これじゃ、下手の見本だよ。よくこんなんで一千万も増やせたな」


「理屈では分かっているんですが…。長い陽線が出たりすると、つい買いたくなって。いかにも上がりそうに思えるじゃないですか」


「それは錯覚。やってることが逆んなってるよ、陽線を見たら売りたくならなきゃ」


「売るんですか?」


 幾分、驚きの混じった声を零央は出した。小夜の言葉が意外に響いて聞こえていた。


「そりゃそうだよ。高く売るのが株なんだから。勘違いしないようにくどく説明しとくと、チャートの位置にもよるよ。上げ始めた時に売っちゃったらもったいないからね」


「それは分かります。ですが、陽線で売る、というのがよく分かりません」


 零央の疑念を口元の笑みで小夜が受け止める。


「ま、そうかもね。あたしも最初はそうだったよ、教わり始めの頃は」


 紅茶を一口飲んだ小夜は再び真顔になった。


「その辺からじっくり行こうか」


 声に凄みが滲んだ。

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