第4話 客間にて

「こりゃまた、いい眺めだね」


 客間に入った小夜の第一声だった。

 零央の家は高台にあり、建物を敷地の端に寄せて建てているため視界を遮るものがない。客間の外に面した部分は全面がガラス製となっており、高台の下に広がる町並みを眺望できた。遠くには海も見える。夜ともなると街の光を散りばめた景観はさらに眺めの良さを増す。小夜の感想は率直で的確なものだった。陽を遮る時などはブラインドとカーテンを使う。


 客間の広い空間は白い壁とモルタルの床によって構成されていた。町並みの見える側面近くには足の長い絨毯様のフロアマットが敷かれ、スクエアな印象のソファーセットが設置してあった。テーブルはガラスの天板とステンレスの脚でできており、上で零央の用意した資料が高く重なっている。両サイドにある観葉植物やサイドデスク、手前左寄りに配置してあるミーティングデスクと椅子の他は物が無く、ほとんどの場所が空いていた。凹凸を廃した高い天井のせいもあり、開放的な印象があった。

 入口の右手にはサービスカウンターがあった。客間の隣はリビングとダイニングになっており、カウンターを共用していた。普段は開閉式の仕切りで区切られているので相互の部屋は見えない。可動式の壁を取り払えば、一体化させて多人数での使用も可能な造りになっていた。


 零央が勧めると小夜はソファーに身を落ち着け、カバンを横に置いた。零央も倣う。


「あらためて。涼岩小夜です」


「桐矢零央です」


 名乗りあった後、すぐに小夜は雑談を始めた。


「この眺めといい、広い敷地に作った平屋の建物といい、なかなか贅沢な造りだね、このお家」


 指摘を受けた零央は少し驚いた。小夜が家の構造に気づいていたからだ。来訪者は敷地に入っても高い植栽に阻まれて建物の全容を窺えず、思い込みもあって平屋である事実に気づかない。零央は小夜の観察眼に少なからず舌を巻いていた。

 新進の俊才と評される建築家に依頼したという白い邸宅はガラスを多用して現代的な趣向を凝らしてあった。開放的なデザインながらも高い塀と計画的に配置された植栽によって外部とは見事に遮断されている。

 返事代わりに困ったように微笑を返すと零央は話題を変えた。


「いいお名前ですね」


「あ、うん」


 案に相違して返事は煮え切らなかった。視線を外した後で僅かに落とした。機嫌を損ねたという風でもなかったので零央は深追いしなかった。名を知ったのは父親からだ。キリヤ・ホールディングスという企業を主宰する父親から手紙を見せられた時、零央は当初『さよ』と読んだ。


「あんたもいい名前だよ。見かけと合ってないけど」


 手紙のことを思い出していると小夜が言った。零央は苦笑を浮かべた。

 零央は優男と称されることが多かった。母親譲りの端正な顔立ちや長身、スマートな体つきのためだ。小ぶりに見える頭を包むような癖っ気のある細い髪の毛もその印象を強めていた。髪先の一部は首筋に届いている。髪型以外は持ち前なのでどうにもならないが、確かにライオンに由来する名前とはそぐわなかった。性格も程遠い。

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