最終話 長い夜

 

(レイセ視点です)


 今日の夜、過去に飛ぶ。


 七日あると言っていたが、本当に持つのかも確実じゃない。


 何も思いつかないんだ。


 確実な方を選ぶ。


 失敗は許されない。


 覚悟を決める。


 俺は、音楽を聴きながら、絵を描いていた。




 昼頃に家に気配を感じた。


 自分の部屋を出て、リビングに入る。


 美月がいた。


 料理してやがる。


 レイセ:「帰って来てたのか」


 美月:「うん」

 美月:「ケーキ、作りたくなった」


 レイセ:「ふーん」


 美月:「文句ある?」


 レイセ:「無いけど」


 美月:「出来たら食べる?」


 レイセ:「食べる」


 美月:「鏡華と美弥子も呼ぶから」


 レイセ:「手伝わなくていいか?」


 美月:「いい」


 レイセ:「じゃー、部屋に戻るわ」


 美月:「兄貴」

 美月:「しゃんとしろよ」


 レイセ:「なんだよ」


 美月:「しょぼくれた顔しやがって」


 レイセ:「うるせー、いつも通りだわ」

 レイセ:「イヤホンしてるから、大声出しても聞こえないから」


 美月:「わかった、呼びに行く」


 レイセ:「楽しみにしてる」


 美月:「私が作るんだから美味しいでしょ」


 俺は部屋に戻った。




 しょぼくれた顔、か。


 誰がだよ。


 俺の話か?


 お前の話か?


 俺は全力で頑張ったぞ。


 これ以上どうしろと?


 無理言うな。


 守りたい者を守れるんだから、それでいいだろ。


 逆に気分が楽になって来たわ。


 美月の顔も見られたし。


 最後に、音楽しっかり聞こう。





 夕方、美月が部屋に来た。


 ケーキが出来たらしい。


 てか、ケーキだけじゃないな。


 夕飯の用意も出来てそう。


 匂いでわかる。


 美月:「もう食べる?」


 レイセ:「出来立ての方がいいのか?」


 美月:「ケーキは出来立てだけど、他はずいぶん前に出来てた」


 レイセ:「なら、十九時で」


 美月:「わかった、十九時になったら降りてきてね?」


 レイセ:「ああ」




 十九時になった。


 鏡華と美弥子も来ていた。


 四人で食事した。


 ハンバーグとクリームシチューとサラダ。


 デザートのケーキ。


 美味しかった。


 豪華な食事だった。


 レイセ:「今日は何の祝いだ?」


 美月:「鏡華がケーキ作りたいって言うから」


 鏡華:「悪い?」


 美弥子:「なんで喧嘩ごしなのよ」


 レイセ:「美味かった」


 美弥子:「ふふ」


 美月:「当然」


 鏡華:「でしょ?」


 レイセ:「ああ」


 思い残す事は、無いな。


 レイセ:「部屋に戻る」

 レイセ:「二人はどうするんだ?」


 鏡華:「泊まっていく」


 美弥子:「私も」


 レイセ:「早く寝ろよ?」


 美月:「うるさい」


 確かに。


 レイセ:「俺は風呂入って寝る」

 レイセ:「お休み」





 俺は風呂に入って寝た。


 夜中の三時にタイマーをセットした。


 音は鳴らない。


 振動だけだ。


 スッと眠れた。





 三時。


 振動がした瞬間起きた。


 起きてすぐ振動を止める。


 ジャージに着替えて家を出る。


 三人が寝ている。


 寝ている気配だ。


 たぶん。


『ロストエンド』に向かう。




『ロストエンド』の前に、バランサーと鏡華がいた。


 鏡華、寝ていた筈だろ。


 どうなっている?




 鏡華:「貴方を殺すわ」

 鏡華:「死ね!」

 鏡華:「レイセ!」


 鏡華との距離は十メートル。


 鏡華は全力の踏み込み。


 一瞬で目の前に来た。


 俺は剣魔を具現化する。


 鏡華は赤い炎の剣を振り下ろす。


 俺は剣魔で防御する。


 衝撃で建物の壁にぶつかる。


 手加減が全くない。


 殺す気の攻撃。


 しかも、畳みかけてくる。


 会話の隙間が無い。


 鏡華の剣が右から左へ。


 俺は剣魔を下から上へ。


 鏡華の攻撃を弾く。


 鏡華の剣と接触すると、剣魔に熱が伝わってくる。


 鏡華はバックステップ。


 同時に、光る突き。


 高温の赤い光が、俺に向かって伸びてくる。


 俺は剣魔を下から上に振るって弾く。


 ちょっと待て。


 おい!


 どういうことだ?


 なんで攻撃されている?


 レイセ:「待て!」


 鏡華:「死ね!」


 レイセ:「待てよ!」


 鏡華:「待たない」


 俺は鏡華の剣を剣魔で受け止めた。


 熱が伝わってくる。


 長くは持たない。


 熱すぎる。


 レイセ:「話を聞け」


 鏡華:「裏切者」


 レイセ:「なんの話だ?」


 鏡華:「最後に集まるんじゃなかった?」


 レイセ:「決心が鈍るから辞めだ」


 鏡華:「なんの決心よ?」


 レイセ:「…………」


 鏡華:「過去に戻ったら、肉体の年齢はどうなるの?」


 レイセ:「過去に戻る」


 鏡華:「青子さんが消えた日、貴方は何歳なの?」


 レイセ:「二歳だ」


 鏡華:「過去に戻って、契約は継続しているの?」


 レイセ:「契約は影響しない」

 レイセ:「契約前に戻る」


 鏡華:「二歳で、契約なしで、どうやって比良坂を倒すの?」

 鏡華:「答えなさいよ!!」


 レイセ:「…………」

 レイセ:「『能力』を与える管理者に、対価を支払う」


 鏡華:「レイセ!」

 鏡華:「比良坂を殺しうる対価は?」


 レイセ:「クソッ!!」

 レイセ:「命だ」


 鏡華:「馬鹿が!」

 鏡華:「改変された後の世界に、貴方はいないのね?」

 鏡華:「だから言えなかった」

 鏡華:「改変された後、貴方の存在はなかった事になる、初めから」


 レイセ:「気づくなよ」


 鏡華:「私の隣にあなたがいなくなるのね?」

 鏡華:「その可能性は、もう無いのね?」

 鏡華:「ちゃんと相談しなさいよ!」

 鏡華:「もういないんだって」

 鏡華:「言ってよ」

 鏡華:「ちゃんと言ってよ」

 鏡華:「言ってよ」



 レイセ:「言ったら悲しむだけだろ」

 レイセ:「改変があればなかった事になる」

 レイセ:「お前は気づかない筈だった」


 鏡華:「馬鹿にしないでよ!」

 鏡華:「もういい」

 鏡華:「私が行く」

 鏡華:「貴方を殺して、私が行く」

 鏡華:「私が対価を支払ったら、改変のあと貴方は生きられるでしょ?」


 鏡華の力が強まる。


 ぐいぐい押し込んでくる。


 鏡華の剣が俺の頬に触れる。


 鏡華を殺さないと、過去に飛べない。


 殺すしかない。


 ダメだ。


 それはダメだ。


 俺は、力を抜いた。


 抵抗を辞める。


 鏡華:「何、力抜いてんのよ?」

 鏡華:「それで私が諦めると思ってるの?」


 泣きながら言うな。


 さあな。


 知らん。


 俺には殺せない。


 お前だってそうだろ?


 鏡華:「もーーーー!?」

 鏡華:「どうするつもりですか?」


 鏡華の手は止まっている。


 レイセ:「バランサー、二人で過去に行くことは可能か?」


 バランサー:「不可能ではないですが、戻って来られませんよ?」


 レイセ:「二人で行くか?」

 レイセ:「二人で行って、二人とも命の半分を対価にする」

 レイセ:「やれるだけやってみるか?」


 鏡華:「代案あるじゃない!」


 レイセ:「確実性無いだろ」


 鏡華:「一人で行っても同じでしょ?」


 レイセ:「そうだけど」


 鏡華:「他に見落とし無いんでしょうね?」


 レイセ:「お前、俺の役目みたいに」

 レイセ:「自分で考えろよ」


 鏡華:「うるさい」

 鏡華:「これまで、ダンジョン攻略がその後の魔物の王攻略を想定したものでした」

 鏡華:「今度もそうなってるんじゃない?」

 鏡華:「ヒント出てるんじゃない?」


 レイセ:「ホントかよ」

 レイセ:「適当言うなよ」

 レイセ:「でも、それも何度も考えたぞ」


 鏡華:「他にヒントある?」


 レイセ:「無いけど」

 レイセ:「ちょっと待てよ、もう一回考える」



『ロストエンド』に手をかける鏡華。


 俺も『ロストエンド』に入った。


 クリアがダンジョン攻略をして、案内人になった。


 魔物の王と戦って、退けた。


 案内人を辞めて王都に行った。


 エウェルと結婚して、行商で儲けた。


 山でレムリアスに会った。


 契約した。


 一旦現実世界に戻って、またあの世界に行った。


 プロミと二百年訓練した。


 リビアと再会して、魔物の王の配下を一人殺した。


 北の大地で傭兵になった。


 戦争で勝って、他国に攻められた。


 仮面の男を防いで、王に推された。


 北で王になって、ダンジョン攻略を再開した。


 コナルとファガスを鍛えた。


 それから………。



 ん?


 ちょっと待て。


 仮面の男、アルコルは俺を追ってきた。


 その所為で戦闘になって、北が纏まった。


 アルコルが俺を追ってきた理由ってなんだっけ?


 本人に確認していない。


 シロさんも、アルコルと融合した途端、俺の敵になった。


 アルコルはなんで俺を追ってきたんだ?


 アルコルには何が見えてたんだ?


 …………。


 グレイフレイムか?


 グレイフレイムでは終焉が見える。


 シロさんの態度が変わったのも、グレイフレイムを得た所為だ。


 グレイフレイム。




 俺に終焉は見えるのか?


 そうだ。


 そうだわ!


 俺に終焉は無い。


 青子さんと同じだ。


 俺は、最初から管理者になる運命だった。


 その可能性が高い。


 だからアルコルが俺を追ってきた。


 世界は俺の選択を待っている。


 初めから、管理者になる道があった俺とは?


 単純に管理者になるだけか?


 それだけじゃない気がする。


 まだ何かある気がする。


 管理者になった俺は何を目指す?


 俺が管理者になったら、どうしたい?


 俺は、俺の器が許す限り、限界を目指す。


 俺は管理者の、神の責任者になる。


 この世界は、まだ完成していない。


 最後には、俺が必要だ。


 俺が頂点になって、すべてが完成する。


 そういうことか。


 全ては、俺がそのことに気づく為だった。




 俺は、鏡華に説明した。


 鏡華は笑った。


 鏡華:「ホントなの?」


 レイセ:「ああ」


 鏡華:「どうするの?」


 レイセ:「過去には俺一人で行く」

 レイセ:「過去に行って、能力を与えるとか言う管理者から『能力』をありったけ貰って帰ってくる」

 レイセ:「対価は俺の寿命の半分だ」

 レイセ:「俺の寿命は無限」

 レイセ:「無限の半分は、無限だ」


 鏡華:「ホントに大丈夫なの?」


 レイセ:「神に向かって失礼な」


 鏡華:「その自信はどこから来るんだか」


 レイセ:「じゃー、行ってくる」






 俺は過去に飛んだ。


 二歳。


 やっと歩ける歳だ。


 建物から外に出る。


 精神は肉体に引っ張られる。


 俺は二歳で自我があった。


 大丈夫。


 心の中で神に呼びかける。


 根源に繋がる。


 ???:「なんだ?」


 レイセ:「お前、名前は?」


 エスレルー:「我が名はエスレルー」

 エスレルー:「汝の望みは?」


 レイセ:「俺の心を読め」


 エスレルー:「我が王、すべてを承知した」

 エスレルー:「幸あれ」


 レイセ:「ああ」


 エスレルーからすべてを抜き取った。


 黒巣がエスレルーを殺せたのは、俺が力を抜き取ったからだ。


 このまま、『トゥルーオーシャン』に戻る。





 戻って来た。


 目の前にはキシがいる。


 ボーデンが弾丸になって動きを止めた直後だ。


 キシは頭を拾って自分の体に合わせた。


 クロスは武器を構えて立っている。




 キシは少女から手を放した。


 キシ:「あれ?」

 キシ:「どうなった?」


 レイセ:「頭が高い」


 キシは片膝をついて頭を下げた。


 キシ:「ちょっとまて!」

 キシ:「体が動かない」


 レイセ:「組成のフェグルド、だっけか?」

 レイセ:「お前に肩入れしていた冥界の王は俺に忠誠を誓うそうだ」


 キシ:「理解が追いつかない」

 キシ:「つまり、どういうことだ?」


 レイセ:「お前の為に宣言してやる」

 レイセ:「俺はすべての神を統べる者、神王だ」


 キシ:「何を言っている?」


 レイセ:「すべての番人が俺を認めた筈だ」


 キシ:「そんなバカな」


 レイセ:「お前は気づいていただろ?」

 レイセ:「俺が生まれながらの管理者だと」


 キシ:「だけど」

 キシ:「正真正銘の神だと?」


 レイセ:「お前、指一本動かせないだろ?」


 キシ:「そんな、まさか……」

 キシ:「……ほんとうだ」

 キシ:「…………」

 キシ:「君は運命を見つけ、受け入れたのか」

 キシ:「そうか」

 キシ:「僕の負けだ」


 ルプリレ:「『ウォーターフォックス』は壊滅していないわ」

 ルプリレ:「ベリーがそういう噂を流しただけ」

 ルプリレ:「メンバーは寿命で死んだ」

 ルプリレ:「女性の管理者の情報よ」


 キシは涙を流した。


 キシ:「教えてくれてありがとう」


 キシから、組成のフェグルドと、ジャドが分離した。


 ジャドは気絶している。


 組成のフェグルドは頭を下げている。


 キシ:「僕は君の剣になる」

 キシ:「それが僕の償いだ」


 レイセ:「俺と一緒に永遠を行く、か」

 レイセ:「いいだろう、信用するぞ」


 キシと魔物の王は剣になった。


 剣を上に掲げる。


 美しい剣だった。


 俺は剣を腰に装備した。



 レイセ:「俺はこの時より、ミュセア・シュルト、と名乗る」

 レイセ:「レイセ・カーミュ・クリア・クロト・セーグル・ノキシュは長い」


 仲間は理解に追いついていない。


 キシから逃げていた仲間が一斉に集まった。






 キシと魔物の王は俺に忠誠を誓った。


 俺は神になった。


 人間の王のままじゃいられない。


 魔物の王でもある。


 権限をフレドとダズに渡した。


 俺は魔物の王の城に座る。


 俺が負の感情を束ね、制御する。


 また、管理者も再編する。


 バランサーの『能力』は、自分が稼いだ徳に応じて奇跡を得る事だった。


 黒戸和馬はそれまでに貯めた徳を使い、死んだ人間を生き返らせた。


 青子さん、クイン、ボーデン、その他大勢。


 そして、管理者をしていたメンバーは全員管理者を降りた。


 俺が管理者に選定したのは、俺、ルプリレ、黒巣、青子さん、ジャド、クイン、最後の一人はカーミュとアスマと組んでいた奴。


 黒巣と青子さんをメンバーに入れたくなかったが、本人たちがやる気を出しやがった。


 断り切れなかった。




 バランサーが泣いていた。


 役目を全うし、徳をすべて使い切ったらしい。


 レイセ:「泣くなよ」


 和馬:「これでつじつまが合う」

 和馬:「青子さんが生き返らないと、レイセと美月ちゃんが生まれません」


 クロス:「は!?」



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