5話 嘘と禁じ手
(レイセ視点です)
一瞬のブラックアウトの後、視界が切り替わる。
『ロストエンド』の会議室に戻ってきたみたいだ。
皆は茫然としている。
ふー。
まずは状況確認だな。
レイセ:「バランサー、何人戻って来られたんだ?」
バランサー:「現実世界に肉体のある人物のみ転送しました」
バランサー:「向こうの世界の住人は向こうで時間が止まったままです」
バランサー:「『創聖』、『トウェルブ』、『クレイモア』、『光の旋律』、『マギ』、『トパーズ』、は別室にいます」
バランサー:「『マギ』以外の向こうの肉体は、あの場所に残ったままです」
バランサー:「『マギ』の神獣が生贄になりました」
バランサー:「『マギ』のメンバーの契約は破棄されました」
バランサー:「『マギ』は、『ロストエンド』から外に出れば、二度と『ロストエンド』を見つけられません」
バランサー:「『創聖』、『トウェルブ』、『クレイモア』、『光の旋律』、『マギ』、『トパーズ』以外はこの部屋に転送しました」
バランサー:「壱白様は転送できませんでした」
バランサー:「肉体が一つの人物の転送には手間が掛かります」
バランサー:「余裕がありませんでした」
レイセ:「少女の管理者も転送されていないんだな?」
バランサー:「そうです」
レイセ:「最悪は続いているな」
レイセ:「向こうの世界の時間停止は、こっちでどのくらいの期間持つ?」
バランサー:「七日程です」
レイセ:「結構あるな」
レイセ:「みんな、落ち着いたか?」
十夜:「ああ、落ち着いてきた」
友介:「今、この店の時間はどうなってる?」
バランサー:「動いています」
バランサー:「余裕がありません」
鏡華:「高校一年の夏休み、だったわよね?」
レイセ:「そうだ、俺は高二」
美月:「時間は?」
バランサー:「二十時三十五分ですね」
美弥子:「何か食べる?」
ヤス:「食欲が無いな」
トキ:「『ロストエンド』の二人はどうなった?」
バランサー:「別空間に退避させました」
香織:「バランサーは最悪を想定してる」
香織:「落ち着いていて大丈夫かな?」
レイセ:「いや、落ち着いてくれ」
レイセ:「話す事がある」
五分ほど無言が続く。
鞍馬 栄:「で、なぜ逃げたんです?」
レイセ:「ボーデンみたいに、命を消費して攻撃を繰り返しても、勝てない」
レイセ:「一瞬動きを止める程度だ」
レイセ:「犠牲者が増えるだけだ」
レイセ:「どうにもならないと判断した」
レイセ:「魔物の王と戦った時は、試練なら乗り越えられると信じたが、今回は別だ」
レイセ:「恐らく想定外の事態が起こっている」
レイセ:「俺は諦めた」
友介:「でも、何か手があるんだな?」
レイセ:「一応な」
レイセ:「俺は皆に嘘をついていた」
レイセ:「初めてダンジョン百階層を攻略した時に見つけた魔道具を覚えているか?」
レイセ:「精神体に成って過去の出来事を見る万華鏡」
レイセ:「一回しか使えない」
レイセ:「そう言った筈だ」
レイセ:「それは正確じゃない」
レイセ:「実は、過去に戻れる魔道具だ」
直樹:「過去に戻れる?」
直樹:「は?」
直樹:「なんで黙ってたんだよ!」
レイセ:「ヤバすぎて言えなかった」
レイセ:「悪い」
レムリアスが姿を現す。
デカい。
が、部屋は広い。
レムリアス:『やっと呼ばれた』
レイセ:「悪いな」
レイセ:「さっそく、出してくれ」
レムリアス:『わかった』
レムリアスは魔道具を吐き出した。
レムリアスは魔道具を吐き出したら姿を消した。
空気を読んでいやがる。
レイセ:「この魔道具は本来、向こうの世界で使用するように出来ている」
レイセ:「でも、黒竜を経由すればこっちの世界に持ち込める」
レイセ:「バランサー、持ち込めばこっちでも使えるよな?」
レイセ:「魔道具の絵本でも出来たし」
バランサー:「使えます」
バランサー:「想定していました」
バランサー:「使えるのは一度切り」
バランサー:「一往復分のみです」
バランサー:「滞在時間も短い」
ヤス:「それか、望遠鏡みたいだな」
ヤス:「触ってみてもいいか?」
レイセ:「世界を救うにはこれが必要だ」
レイセ:「丁寧に扱ってくれよ?」
ヤスが魔道具に触れる。
神獣の鑑定能力を使った筈だ。
ヤス:「触れても魔道具という事しかわからない」
ヤス:「使い方がわかるのはレイセだけなんだな?」
レイセ:「そうらしい」
レイセ:「みんな、思い出したか?」
十夜:「そりゃな」
十夜:「ダンジョン完全攻略の最初の特典だからな」
十夜:「でも、んー?」
十夜:「いまいち使い方がピンと来ないな」
十夜:「直樹はわかってるみたいだが」
レイセ:「見つけた当時、具体的な使い方を思い付いていた訳じゃない」
レイセ:「だが、使い方が難しいのと、効果が劇的な点で、咄嗟に嘘をついた」
レイセ:「揉め事の火種になりかねなかった」
友介:「今は、具体的な使い方を思いつているんだな?」
レイセ:「ああ」
レイセ:「バランサー、キシが契約する前に戻って殺すのは可能か?」
レイセ:「というか、こうなる前の過去のキシを殺すことは可能か?」
バランサー:「その選択は不可能です」
レイセ:「何故だ?」
バランサー:「維濁のテトラデウス、界新のピヴァクワ、この二人が阻止すると宣言しています」
バランサー:「その手を使うなら、魔物の王が関係していなかった時点では、私も妨害していました」
レイセ:「また番人か?」
レイセ:「どういう存在なんだ?」
バランサー:「管理者とは別系統の神です」
バランサー:「それ以外は言えません」
レイセ:「使い方が解ってきたか?」
友介:「ああ」
友介:「なら、あと一つ手がある」
レイセ:「そうだな」
レイセ:「バランサー、『ロストエンド』が出来る前、黒巣壱白が死ぬ前に、先に比良坂を殺すことは許可されているのか?」
バランサー:「その件に関しては妨害がありません」
バランサー:「その意味が解りますか?」
レイセ:「青子さんが黒巣と入れ替わらなかったら『ロストエンド』が出来なかった」
レイセ:「今言ったことを実行したら大きな改変が起こる」
レイセ:「青子さんは死なない事になるのは良いんだ」
レイセ:「が、今集まっているメンバーとの繋がりは、ごっそりなかった事になる可能性がある」
レイセ:「どう改変されるか決まっているのか?」
バランサー:「答えられません」
レイセ:「そうか」
レイセ:「この手を使ったら、俺たちの負けなんだろうな」
バランサー:「まだ七日あります」
バランサー:「よく考えてください」
レイセ:「他に世界を救う方法があるか?」
バランサー:「魔物の王は現実世界へ影響してはいけない」
バランサー:「そのルールを破っている限り、私は貴方達の味方です」
バランサー:「ですが、世界を救う、という事柄については同意しません」
バランサー:「その点は中立です」
バランサー:「親として言いますが、貴方はその選択で満足ですか?」
レイセ:「納得しているとは言えないな」
レイセ:「七日間考えるわ」
十夜:「俺たちも考えを整理したい」
美弥子:「そうね」
美月:「そんな手があるなら先に言っといてよ、バカ」
鏡華:「これからどこかで食べる?」
レイセ:「いや、今夜は一人になりたい」
レイセ:「実家に泊まって一人で考える」
レイセ:「明日はお前の家に迎えに行く」
レイセ:「映画見に行きたい」
レイセ:「行くよな?」
鏡華:「行きますけど」
レイセ:「みんな、七日目に集まろう」
レイセ:「それまでオフだ」
レイセ:「自由に過ごしてくれ」
美月:「じゃ、女性陣で一回集まる?」
鏡華:「そうね、いいかも」
香織:「ペセシュは別室?」
香織:「私、ペセシュの現実世界での素性を聞いてないわ」
バランサー:「別室に案内します」
バランサー:「他のチームにも事の成り行きを説明してあげてください」
美弥子:「わかりました」
俺は過去に戻る魔道具の使い方をさんざん考えてきた。
これが禁じ手だ。
全てをなかった事にしてしまう。
もっと落ち着いたら、皆から不満が出るだろうな。
しかし、きっと他に選択肢が無い。
この方法を取る以外に無い。
無いんだ。
みんなと過ごす、最後の一週間になる。
言わないがな。
俺はもうあきらめた。
負けでいい。
皆が生き残るなら、それでいい。
そう思おう。
帰って、音楽を聴きながら、切り絵を書きたい。
気持ちを静める。
明日は鏡華とデートだ。
明日見る映画は決まっている。
以前見た映画のリバイバルだ。
結末は知っている。
ハッピーエンドで終わる。
現実もそうなれば良かったんだが。
どこで選択を間違えたんだか。
はーあ。
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