閑話 山の生活



 俺は自意識に目覚めるのが早かった。


 俺の自意識が始まったのは、爺に助けられた日からだ。


 三歳位か?


 いや、違うな。


 俺の記憶は、爺に話かけられ、名前と歳を答える所から始まる。


「坊主、名前は?」


「くりあ」


「歳は?」


「にさい」


 この会話から俺の記憶は始まっている。



 この会話をした場所は荒地だった。


 壊れた馬車の隣に、墓が並んでいた。


 俺は墓が作られていくところを覚えていない。


 気が付いたら、そこに立っていた。


 思い出そうとしても、会話が始まった所からしか思い出せない。


 爺は俺の名前を知らなかった。


 俺は親の名前を覚えていない。


 今思い返すとあれが親たちの墓だった。


 俺は理解していたのだろうか?


 していたんだろう。


 俺には泣いていた記憶がある。


 涙の理由を思い出せない。


 爺は感謝しろと、その日の話を何度も俺に言い聞かせた。


 俺はいつも、ありがとう、と答えていた。


 なかなか酷い話だ。


 普通は思い出したくない話だろ?


 爺にデリカシーは無かった。


 後になって聞かされてショックを受けないようにする、爺なりの気遣い。


 不器用な爺らしいやり方だ。


 爺は知らなかった。


 俺の記憶が何処から始まっていたのかを。


 普通は記憶があるなんて思わないからな。


 俺の反応か?


 いつもその話をぼーっと聞いていた。


 俺の記憶は都合よく親の事を覚えていなかった。


 自分の境遇を嘆く事は無かった。


 もしかしたら、爺は俺の反応を試していたのかもな。


 俺は心が強いというより、鈍かっただけだ。


 爺はバカだから、そのまま山で俺と一緒に暮らす選択をしやがった。


 俺は後になっても理由を尋ねなかった。


 普通はどこかの町の誰かに俺を引き取らせる。


 爺は俺に何を感じたのだろう?


 聞きそびれた。


 だが予想は出来る。


 俺は契約者になり、融合した。


 零維世と融合した。


 クリアの人生にはドラマがある。


 まるで誰かに仕組まれたかのように。


 鏡華が言う、神に目を付けられているのかもしれないな。


 恐らく爺は契約者だ。


 実力の程はわからないが、そうじゃ無いと説明がつかない。


 爺は俺を観察し、俺が契約者になると判断したんだろう。


 それで自分が育てることにした。



 魔物に襲われて両親が死んだあと、爺が町の誰かに俺を預けていたとする。


 そうなっていた場合、大事に育てられていただろう。


 町は子供をむやみに作る事を禁止している。


 町の中は住むための面積が少ないからだ。


 町は町の大きさを広げられない。


 広げると、防衛できなくなる。


 子どもを作るのには許可がいる。


 一旦子供を作ったのなら、町のみんなは大事に育てる。


 町は町を維持する為の人口が足りていない。


 どこも人手不足だ。


 そう聞いている。


 実際そうだった。



 子どもたちは、五歳で学校に通い、六年間学ぶ。


 その後、仕事に就く。


 仕事場で下積みし、十五歳で一人前の扱いになる。


 兵士や結界師、案内人候補は、職に就いてから、特に適性があった場合引き抜かれる。


 この教育プログラムは町の中で生きて行く為の物だ。


 一般の子どもは外の世界に出る事を想定していない。


 引き抜かれる子供は例外。


 爺は俺を育てるのに、町につれて行かなかった。


 外で通用するようにする為だ。


 爺は最初から外を意識していたんだろう。


 山小屋で生活していた間、ずっと爺が俺を監視してくれていた。


 爺の気配読みは俺よりずっと広範囲だった。


 いつも俺をギリギリで助けた。


 俺は自分なりに魔物から逃げた。


 爺が助けてくれると解っていたが、それでも怖かった。


 助けてくれるのはいつもギリギリだった。


 お陰で、気配読みと、気配消しが出来る様になった。


 今思い返すと、そう仕向けていた。


 町の子どもが学校で習う内容は、爺が教えてくれていた。



 山小屋は、夏は暑く、冬は寒かった。


 爺は最低限の魔道具しか山小屋に持ち込まなかった。


 明かりの為のランプの魔道具。


 火を起こす為のライターの魔道具。


 水は井戸を使い、滑車で引き上げていた。


 暖炉に火を灯し続ける為に薪を切った。


 町より原始的な生活だった。


 町に行ってからわかった。


 俺にはそれが普通だった。



 現実世界の夢を見始めるまでの生活は只々必死だっただけだ。


 自分の役割を熟し、生活する。


 生命活動する。


 生きるために活動した。


 全ては生きていく為。



 自分とは何なのか?


 それを考え出したのは、夢を見始めてからだ。


 それまでは比較対象が無かった。


 考えなかった。


 爺との会話が全てだった。



 会話を楽しみだしたのは、夢を見始めてからだ。


 俺はそれまでユーモアがわからなかった。


 爺は俺に冗談を言い続けた。


 夢を見始めてからは俺も自然に言えた。



 俺は自分から町に行こうとはしなかった。


 俺は山で幸せだった。


 爺がいなくならず、夢の内容が鮮明になっていたら、自分で山を降りたのだろう。


 その場合はそうなるだろう。



 なるべくして契約者になった。


 俺は恵まれていた。




 今俺はレムリアスに跨り、リビアと北の大地を目指している。


 俺は北でも通用するのだろうか?



 待ってくれている人がいるんだった。


 帰らないとな。



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