第15話 色褪せた意識

 キシ:キシ・ナトハ・ソアミ・カジャー。

    『リーベラティーオー』の纏め役。

    プロンシキの元英雄。

    死兵使い。

 ジャド:『マギ』のメンバー。

 アルコル:『復讐者』。

     『救世主』とも呼ばれている。

     黒巣壱白の分裂した姿。

     『能力』が使える。

 ベリー:『ウォーターフォックス』のサブリーダー。

     キシが具現化した像。

     元になった人物にキシが惚れていた。

 アイアリ:『ウォーターフォックス』のサブリーダー。

     キシが具現化した像。

 ジュリット:『ウォーターフォックス』のサブリーダー。

     キシが具現化した像。

 フレイズ:『マギ』のリーダー。

 フェオ:『マギ』の主要メンバー。

     男性。

     ジャドとは双子の兄弟。

 ロメイン:『マギ』の主要メンバー。

      女性。

 クイン:『マギ』の主要メンバー。

      女性。

      ジャドが惚れている。

      キシいわく、ベリーと雰囲気が似ている、との事。




(ジャド視点です)


 クインの葬式が終わって数日が経った。


 クインが死んだあの日から、何も手につかない。


 意識が朦朧としていた。


 葬式に参加したのは覚えている。


 彼女の遺体が残っていれば、もっと実感が持てたのかもしれない。


 モニュメントに祈りを捧げただけだ。


 彼女の死を実感できなかった。


 ただ何処を探しても、彼女がいない。


 そんな世界に意味など有るのか?


 全てに意味を感じなかった。


 全てが色褪せて見えた。



 それから数日間酒ばかり飲んでいる。


 思考が鮮明になると、クインを鮮明に思い出す。


 思い出せば思い出すほど、今とのギャップを感じる。


 愛する人が何処にもいない。


 彼女が死に至る理由や、それまでの僕の行動に対する後悔は無い。


 不思議なほど、只、喪失感があった。


 もう見つからない。


 わかっているが、探し続けたかった。


 融合によって、フェオの意識を感じる。


 彼は前向きだ。


 クインの死を無駄にするな、気持ちを切り替えろ、と、僕に働きかける。


 僕の気持ちは正反対だ。


 彼女が、通りの角から、フッと現れるのを想像し続けたい。


 たとえ彼女の意に反しても。


 僕が彼女に出来る事はもう無い。


 色褪せた視界。


 色褪せた意識。


 この意識を手放す事は、彼女への思いを手放す事だ。


 僕は知っている。


 いつかこの気持ちは風化する。


 今のままではいられない。


 このポッカリと空いた空洞にも、いずれは何かが埋まってしまう。


 この悲しみを忘れる日がやって来る。


 その時の僕は、もう別の僕だ。


 僕の愛には果てがあった。


 恐怖だ。



 ホテルのバーで飲み続けた。


 ある日、キシさんがやってきた。


『マギ』のメンバーも来たが追い返した。


 キシさんは僕に話し掛けない。


 数日間、キシさんは僕の隣で飲んでいた。



 ある日、僕はキシさんに話し掛けてしまった。


 キシさんは面白い人だが、けっして良い人ではない。


 わかっていた。


 そもそも、『リーベラティーオー』の目的自体、正しくは無い。


 契約を途中で破棄したいなど、都合が良すぎる。


 そしてそれを先導するキシさんが良い人な訳は無い。


『リーベラティーオー』に参加したのは、正しく在れないと解ったからだ。


 僕は弱い。


 正しさを維持できない。


 思えば、クインは『リーベラティーオー』に否定的だった。


 彼女の話を真面目に聞けば良かった。


 僕は話し掛けてしまった。


 この時から僕の意識は混濁していた。


 耳元で、クインが囁く。


 キシさんに話し掛けないで、と。


 僕はその忠告を無視した。


 ジャド:「クインが何処を探しても見つからなくて……」


 キシ:「だろうね」


 ジャド:「一緒に探してくれる訳じゃないんですね」


 キシ:「当然だろ」

 キシ:「彼女は死んだ」

 キシ:「改変は、たぶんない」


 ジャド:「チッ、改変?」

 ジャド:「なんです?」

 ジャド:「それ」


 キシ:「あれ?」

 キシ:「知らないかい?」

 キシ:「情報は流れていると思っていたよ」


 キシさんは情報端末魔道具を用意していた。


 用意が良い。


 不自然だ。


 わかっていた。


 端末を僕に手渡した。


 クインが、それを受け取ってはダメ、と、忠告する。


 僕はそれを無視した。


 これで二度目だ。


 キシ:「『フィナリスラーウム』内で読まれている筈の『ロストエンド』に関するレポートだ」


 ジャド:「『ロストエンド』?」

 ジャド:「喫茶店の?」

 ジャド:「ですか?」


 キシ:「読んでみると良い」

 キシ:「仮面の男の事が良くわかる」

 キシ:「他のメンバーには内緒だよ?」


 キシさんはそう言い残して帰った。



 酒で朦朧とする意識のまま、一心不乱に文章を追った。


 仮面の男、救世主、と、僕の境遇が重なる。


 彼は僕だった。


 管理者は、数ある選択肢の中から、クインが死ぬルートを選んだ。


 怒りが込み上がる。


 視界の中に、クインがいる。


 彼女は言う。


 こっちを見て、と。


 僕は彼女に目を合わせない。


 彼女を見てしまうと、怒りが収まってしまう。


 僕にはわかっていた。


 彼女は幻覚だ。


 彼女は、『リーベラティーオー』に否定的だったが、決して善人では無かった。


 彼女が最後にとった行動は尊いものだったが、真意はわからない。


 僕の目には、彼女はフェオを追いかけている様に見えていた。


 僕が彼女に靡かなかったから、彼女は僕に似たフェオに関心を寄せた。


 そういう女性だった。


 たぶんそうだ。


 今耳元で、私の目を見て、と囁く彼女は、僕の幻想だ。


 僕の理想の彼女が見えてしまっている。


 けっして、本当の彼女じゃない。


 たぶんそうだ。


 僕の怒りにブレーキを掛ける、邪魔な何か。


 そう判断した。


 僕は、選択を間違えた。


 喪失感を怒りで塗り替えた。


 それが楽だった。



(キシ視点です)


 この戦いの前に、自分の行動を振り返ってみた。


 振り返ってみて良くわかる。


 僕は頑張った。


 クズなりに。


 上出来だろう。



 この戦い。


 一回目の戦争だな。


 たぶん戦争は二回ある。


 そして、一回目の戦争で僕は死ぬ。


 やはり予想は覆らない。



『ロストエンド』のレポートを読んだ後のジャドは従順だった。


 魔物の王との戦闘のあと、僕たちはせっせとダンジョン攻略をした。


 順調に攻略は進んだが、ダンジョン攻略は完全には間に合わなかった。


 魔物の王との戦いの後、復興に時間が掛った。


 その所為だ。


 が、戦争中に時間を稼げば、ギリギリなんとかなりそうだ。


 アルコルが頑張ってくれる。


 魔物の王が去った後のジャドは、使い物にならないかもと思ったが、逆だった。


 クインが死んだ事でつけ入る隙が出来た。


 ジャドと、アルコルは境遇が似ている。


 アルコルに共感させれば、使えると判断した。


 予想通りだ。


 事は順調に進んだ。


 僕の後釜は彼に決定だ。


 手段を択ばないと決めた僕だけど、心が痛む。


 恐らくまだ運命を超えられない。


 さらにもっと僕は狂わなきゃダメだ。



 改変で死ぬルートに入る人間には、一定のルールがある。


 死ぬ前に何らかの罪を犯している事。


 僕はそう予想した。


 死に至る罪だ。


 だが罪は軽い。


 軽い罪で選ばれる。


 ドラマには理由が有る。


 理不尽なほど良いのだろう。



 例えば、ベリー、アイアリ、ジュリット。


『ウォーターフォックス』のメンバー。


 僕はチーム仲が上手く行ってなかった。


 僕は当時、七つの大罪を克服できていなかった。


 僕はチームの足を引っ張った。


 僕はチームメンバーに、契約や、融合の話を相談したかった。


 でも、出来るような仲じゃ無かった。


 僕は孤立し、僕のサポートが無くなったチームは、瓦解した。


 誰かが僕を気遣っていれば、チームは纏まった筈だ。


 そういう些細なすれ違いが、悲劇を産む。


 ありそうな話だろ?


 自分に都合の良い解釈だ。


 解っている。



 きっと、ジャドはクインにも悪い所があったのかも、と思っている。


 彼には迷いがある。


 彼の視線は虚ろだ。


 アルコルとはそこが違う。


 ただ、ジャドには才能もある。


 僕と関わる前は、彼は多重契約を持て余していた。


 自慢じゃ無いが、僕は制御の達人だ。


 この世界に、僕以上の制御能力を持った人はいない。


 断言できる。


 ダントツな筈だ。


 その僕が、ジャドに制御を手解きした。


 情報量が多くても、丁寧さを維持し続ける。


 何処かが破綻すると、そこから綻びが生ずる。


 ジャドは良い生徒だった。


 ジャドは『マギ』のエースだったが、そこに収まる器では無かった。


 ジャドは多重契約を克服し、更に、融合の利点に辿り着いた。


 融合者は精神の融合を行ったに過ぎない。


 力の融合は、意識的に行わないと、なされない。


 僕はその事をジャドから教わった。


 十二分に神獣を、精霊を扱える様になったジャドは、精霊に共通点を見出す。


 精霊の根幹が一つに繋がっていると相談された。


 人の精神は、集合無意識に繋がっていた。


 精霊の根幹も一つ。


 神獣すべての根幹が一つなのかもしれない。


 ならばどこに繋がっている?


 神獣が何度も生まれ直し、死なないのは、そこと繋がっているからでは?


 では、何度も生まれ直す能力を与える何かとは?


 それは、根源では?


 アカシックレコードと呼ばれる、全ての原点。


 僕は神獣の意識から、その原点を遡るように、ジャドに指示を出した。


 何と彼は辿り着いたらしい。


 一瞬だけ繋がり、そのあまりのスケールに、本能がそれ以上を拒否してしまったとの事。


 だが繋がった。


 カーミュやクレラメイに次ぐ三番目の到達者。


 全ての状況が整った。


 もう思い残すことは無い。


 戦争を待つばかりだ。


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