閑話 雨

 ざあざあと雨が降っていた。


 俺は自分の力の無さを痛感していた。


 泣きたい気分だった。


 降り注ぐ雨の冷たさが今の俺には心地よかった。




 俺は訓練場の隣の広場で素振りを繰り返している。




 昨日、この聖都クリアに連合国クロトの精鋭が到着し、宴が有った。


 宴は中々に盛大だったらしい。


 連合国の精鋭が聖都に到着し、俺は大食堂に案内した。


 それだけで実力差が浮き彫りになった。


 立ち居振る舞い、一挙手一投足が俺にその事実を思い知らせた。


 歩く姿だけで解る。


 何もかもが違う。


 段違いだ。




 今、戦いの準備期間だが、俺達一兵士にはお呼びがかからなかった。


 一兵士に戦いの機会は与えられなかった。


 俺は不満を募らせていた。


 あの時は確かに不満を持っていた。


 だが、ただ、客人を食堂に案内しただけで、その気持ちが掻き消えた。


 聖国クリアに俺より強い奴は大勢いる。


 俺はそんな事も忘れていた。


 他国の人間を見て、ハッとさせられた。


 俺は、納得してしまった。


 負けを認めた。


 認めてしまった。


 戦争に駆り出されない理由が腑に落ちた。




 実力の話だけでは無い。


 精神力の話も含んでいる。


 俺は、俺の気持ちは、実力差を感じただけで消えてしまう、その程度だった。


 悔しささえも感じなかったのだ。




 宴が有った日、俺はぐっすりと眠った。


 何も、考えなかった。


 ただ、眠った。




 俺は、今日、次の日、朝から素振りを続けている。


 ざあざあと雨が降っていたが、外で素振りを続けた。


 情けなくて、涙を流しているのを知られる訳にはいかなかった。




 何時間続けていただろうか?


 男が、少し離れた所から俺を観察していた。


 かなり長くそこにいたようで、男もずぶ濡れだ。


 何処にでもいそうな、普通の男。




 男は話し掛けてきた。


「雨だぞ」


「ああ、知ってる」


「だろうな」


「雨に打たれたい気分だったんだ」

「丁度良かった」


「そうか」


「中で模擬戦でもどうだ?」

「相手してやる」

「濡れるのは好きじゃ無い」

「行くぞ」


「俺は三番隊筆頭だぞ?」


「はは、そうか」

「さっさと行くぞ」


 男は訓練場の中に入って行った。


 強引な奴だ。


 俺はまだ返事していない。




 男が訓練場の隅で構えて待っていた。


 黒い剣を構えていた。


 なかなかサマになっている。




 俺も自分の剣を構えた。



 男は左手で手招きした。


 かっこつけやがって。




 俺は、大きく踏み込んで、振り下ろし。


 男は右手の剣を水平に前に出し、防いだ。


 背筋に悪寒が走る。


 片手剣での完璧な防御。


 ブレが全くない。


「どうした?」

「どんどん来い」


 俺のゾクゾクとした感覚は無く成らなかった。


 なんなんだ?


 何が起こっている?


 俺には解からない。




 俺は剣を一旦引き、右から左に払った。


 胴を狙う。


 下から上に弾かれた。


 小枝を払うようだった。


 悪寒が強まる。


 全力の払いだった。


 その筈だ。


 俺はたまらなくなり、連続攻撃に出た。


 右から左、下から上、左から右、突き。


 全て、届く前に弾かれる。


 直に出せる手が無くなった。




 俺は動けない。


 途方に暮れた。


 男は強い、しかも全力では無い。


 力の差は歴然だ。


「打ち込みが足りてない」

「軽い」


 だと思ったよ。


「動きに無駄が多く、力が逃げてしまっている」

「俺が型を見せる」

「マネしてみろ」


 男は俺に背を見せ、型を幾つか披露してくれた。


 流れるような、それでいて力強い動き。


 また悪寒だ。


「どうした?」

「一緒にやれ」


 背中に目でもついてるのか?


 俺は男の動きをマネした。



 型錬は五時間くらい続いた。


 男は休まなかった。


 男の腹が鳴った。


 俺の体力は限界だった。


「飯、行くぞ」

「付いて来い」


「まて、あんた何もんだ?」


「鈍い奴だな」

「俺はレイセだ」

「さあ、行くぞ」

「お前は見所がある」


「お前、名前は?」


「ジークです」


「ジーク」

「今日のランチは何だっけ?」


「ハンバーグがお薦めです、王」


「じゃあ、それな」

「食べたら、また型錬な」


 楽しくなってきた。


 モチベーションをあげるのが上手い人だ。


 俺に見所が有る、か。



 昼食は気楽に食えた。


 不思議と緊張しなかった。


 王の会話の中には、プロミが、とか、リビアが、とか普通に出て来る。


 反応に困るだろ。


 笑ってしまいそうになる。



 型錬は夜まで続いた。


「お前に盾をやる」

「俺の部分融合で作った盾だ」

「重いぞ」


 盾を手渡された。


 大盾だ。


 持ち上げられない。


「次の戦いまでに、使いこなせるように成っておけ」

「型錬も続けろよ」

「返事は?」


「承知しました」


 返事してしまった。


(お前は何時か、俺と対等に話す日が来るかもな、楽しみだ)


 ん?


 小声で聞こえなかった。



 次。



 次ね。



 次が有るなら、やるしか無いな。




 いつの間にか、雨が止んでいた。

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