4話 油断した

 ニーナ・アイマー:レナメントレアのはぐれ里出身。

          異世界の夢を見る。

          主人公。

 アリア・アランテ:レナメントレアのはぐれ里出身。

          異世界の夢を見る。ニーナとは幼馴染。

 ゼアス:レイセの偽名。

     堂々と偽名と宣言している。

     連合国クロトの幹部らしい。

     嘘ではない。

 トリポリ:リビアの偽名。

      偽名と宣言。

      連合国クロトの幹部らしい。

      嘘ではない。

 シロ:『ロストエンド』マスター、黒巣壱白の偽名。

    肩から刀をかけている。

    一応管理者。



 移動三日目。


 持久力の訓練だ。


 と、言われ、全力で走ってる。


 私より体力の無いアリアは何回も吐いた。


 見守るトリポリさんとゼアスは笑顔。


 微笑ましいものでも見る様に、優しい笑み。


 シロさんは眉間に皺を寄せ、淡々と付いてきた。


 いや、待って欲しい。


 めちゃくちゃしんどいのです。


 同情してくれる気は一切ない。


 心配する素振りも見受けられない。


 優しい笑みで、まだ、まだ行ける。


 頑張れるって。


 励まされる。


 もう、無理。


 私も吐く。


 吐きそう。


 うヴぇ。




 昼休みらしい。


 朝からずっと走らされてきた。


 やっと休める。


 うん。


 だな。


 しんどいよね。


 でも、がんばれ。


 って言って、後ろから背中を押され続けた。


 比喩じゃ無く、物理的に。


 息。


 息が止まりそう。





 やっと、やっとまともに呼吸出来る。



 間違いは昨日発生した。


 昨日、私達は体術を褒められた。



 そして、聞いてしまった。


 貴方達の様になるにはどうすれば良いですか?


 と。




 成れると思ってしまったのだ。


 追いつけると。




 私の発言が二人に火を付けた。


 本気でやるか?


 と聞かれ、あ、不味いかも、と思った時にはアリアが返事してしまっていた。


 あっさりと。


 やります、と。




 今は二人の笑顔が恐ろしい。


 昼休憩が終わると、地獄が始まる。


 考えても無駄なので考えるのを止めた。




 お昼は何を食べさせてくれるんだろう?


 ゼアスは料理が上手い。


 トリポリさんも料理するらしいが、しばらくはゼアスが担当らしい。


 昨日食べさせて貰った天ぷらは美味しかった。


 サクサクの食感。


 天つゆの味も気に入った。


 また食べたい。


 特にエビだ。


 エビが美味しかった。




 ちなみにシロさんは料理しないらしい。


 どう言う立場の人なんだろうか?


 二人のが地位が上かと思ってたけど、どうも違うらしい。



 エビの事を考えよう。


 一瞬、何食べても全部吐いてしまうんだろうなって考えてしまった。


 諦めろ、私。


 今を楽しむのだ。




 昼はお好み焼きだった。


 この料理も知ってる。


 夢で見た。



 私はマヨネーズを節約しない。


 ソースとマヨネーズをかける時、ゼアスは苦虫を噛み潰したような酷い顔をしてた。


 意味不明だ。


 まあ、いい。


 かつお節と青のりをかけて、食べる準備が出来た。


 お好み焼きの具はシンプルに豚肉だ。


 野菜はキャベツのみ。


 生地には一玉に卵一個だ。



 一口食べる。


 しっかりと火が通っている。


 べちゃべちゃしてない。


 生地は出汁の味がちゃんとする。


 卵の味もする。


 そう、夢の中でもこんな味だった。


 アリアは嬉しそうだ。


 トリポリさんも、満足気。


 ゼアスは、まー俺が作ったんだから当然、って顔。


 自信満々。



 おだてておこう。


 流石ゼアス。


 って言ってみた。




 だろ?


 だと。


 クールぶっていやがる。


 たぶん彼を操るのは簡単だ。


 やってみよう。


「ゼアス」

「麺入りお好み焼きは作れる?」

「火を通すのが難しい、難易度の高い料理だけど」


「なんだ?」

「その言い方」

「出来るに決まってるだろ」

「やってやる」


 やはりか。


 やはりそうなるか。


 昼休憩を長く引き伸ばしたい。


 アリアが感づいた。


 彼女も乗って来る。


「二玉同時に作れますよね?」


「お前もか?」

「何か挑戦的だな」

「だが、余裕だ」


「証明してください」

「私も麺入り食べたいです」


「俺ももう一玉食べたい」

「後もう一玉焼いてくれ」


 アリアにトリポリさんとシロさんが加わってゼアスは四玉焼いてる。


 ゼアス。


 単純。



 トリポリさんとシロさんは意図に気付いてる。


 面白がって乗ってくれた。


 どうせ吐くのだ。


 太る心配をしなくて良い。


 あと二玉は食べよう。




 現実は甘く無かった。


 突然何かの力に目覚めるとか、無かった。


 胃の中の物が全部出た。


 汗も出た。


 もう、何も出ない。


 気力も無い。


 ゼアスは、限界を超えている感覚を掴め、と言ってきた。



 ハッキリ言って、馬鹿である。


 始めて二日目でそれ言う?


 逆に笑える。




 女性としての矜持きょうじを忘れてしまってた。


 何という事だ。


 この私としたことが。


 ゼアスは、異性という気がしない。


 シロさんも何か違う。


 その所為だ。


 アリアは、その辺しっかりしてた。


 負けた。




 なんやかんやで夕飯だ。


 夕飯を食べてからまだ体を動かすらしい。


 移動は夕方まで。



 夕飯を楽しもう。


 もう、自分で作る気は無い。


 私は料理出来る。


 でも疲れた。


 休みたい。


 ゼアスの料理を楽しんで癒されたい。


 夕飯は餃子と白米。


 あとビール。


 ゼアスは振る舞う気が無い。


 完全に自分が食べたかった奴を作ってる。


 なのに、めちゃくちゃ旨い。


 プロ並み。


 素人が作って、こうもジューシーに出来る物なの?



 コツを聞いてみた。


 ひき肉の脂身の配分が普通と違うらしい。


 ゼアスは餃子用に配分した、専用のひき肉を用意して空間に仕舞ってるとの事。


 ちなみに、ハンバーグ用の牛ひき肉も有るらしい。


 焼き方も上手い。


 パリパリ。


 ビールに合う。




 堪能した。


 体の酷使具合がぶっ飛んでいる所為で、ご飯を食べた時の幸福度が上がってる。


 ギャップが酷い。



 鍛えるなら、精神を鍛えないといけないらしい。


 どう考えても、強くなるだろ。


 と、思えるくらい鍛えるとの事。


 果てしない。


 一気に行く気で、永遠と続けないと辿り着かないらしい。


 果てしない。


 正直、逃げたい。


 いや、ご飯が美味しい。


 どうしよう?


 自信無い。


 も、もう一日だけ保留で。


 もうちょっとだけやってみるって事で。


 きっと、諦めるって言ったら、あっさり引き下がってくれると思う。


 そんな気がする。


 この二人が付き合ってくれるのだ、チャンスなのだ。


 二人の強さに憧れたのだ。


 もう少し頑張ろう。



 激しい訓練を終えて、コテージで睡眠を取った。




 夢を見た。


 兄の夢。


 私の兄はご飯を作ってくれる。


 料理している所に顔を出した。


 炒め物をしている。


 パッと汁が弾けた。


 兄がとっさに手で受けてくれた。


 熱かったのだろう、水で冷やしてる。


 頭を撫でられた。


 私が大丈夫?


 と聞くと、ほっぺをむにぃとされた。




 目が覚めた。


 涙が止まらない。


 私には兄がいた。


 私の中に入って来た誰かの兄。


 彼女が入ってきて、百年経っている。


 兄はどうなったのだろうか?


 きっと、もう死んでいる。


 私は、無性に、悲しくなった。




 コテージの流しで顔を洗っていると、アリアが来た。


 彼女も泣いていた。


 中に入って来た少女は、一時期病気だったらしい。


 病院に親が様子を見に来てくれて、嬉しかったのを共感したらしい。


 その嬉しい気持ちから、百年経ってしまっている。


 もう会えないと思うと、涙が止まらないらしい。


 私達は似た物同士だな、と、二人で笑った。


 涙は出たままだった。




 朝、目を腫らしているのを見て、ゼアスが頭を撫でて来た。


 気安い。


 私は手で払った。


 こんな事、前にも無かったっけ?


 また、涙が出た。


 ゼアスがいると、涙が出易い。


 なんだか腹立つ。


 トリポリさんが起きてきた。


 彼女の影に隠れる。


 今はゼアスを見たくない。


 この感情は、何なのだろうか?





 コテージを出て三歩。


 油断した。


 矢が飛んできた。


 シロさんが何か叫んでる。


 私の体を通り過ぎてから、キンと音が鳴った。


 トリポリさんが出した結界を貫通していた。



 致命傷だ。



 胸が暖かい。


「ゼアス」

「任せます」


 トリポリさんは、敵を追って行った。


 シロさんは立っていられなくなった私を抱きかかえてる。


 ゼアスは、


「見ろ」


 そう言って、自分の右腕で自分の左腕を切断した。


 血が噴き出す。


「俺が触れると、再生する」

「生えて来る」


 そう言って、左腕の切断面に右手で触れる。


 手品でも見ている様に、再生していく。


 ゼアスは私の服の胸の部分を切り裂いた。


「今から、俺が右手で触る」

「触ると傷が塞がる」

「よく見ていろ」


 私の胸の傷は、跡形も無く塞がった。


「な?」

「俺は凄いだろ?」


 意識が薄れて行く。


 うっすらと、アリアの鳴き声が聞こえていた。

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