1話 来訪者

 明日で百歳。


 成人になる。


 明日は成人の儀式が執り行われる。


 私達はこの日を待ちわびていた。



 私達は長命種。


 種族名はレナメントレアと言う。


 そのレナメントレアのはぐれ里、ディーダスが今住んでいる場所だ。



 親は居ない。


 孤児だ。


 孤児院で暮らしてきた。


 当時の神父様が他の町から引き取って連れて来てくれたらしい。



 私達の種族はいわゆる普通の人間と体の造りが違う。


 長命。


 背が高い。


 一般的な人を縦に引き伸ばした様なスリムな体型。


 力は余り強く無く、魔法を得意とする者が多い。


 私達の種族は、一般的な人族より美しい。


 私達はそう自負している。


 私達は誇り高い種族だ。



 その誇り高い種族の長が、魔物の王に屈してしまった。


 数百年前の話だ。


 それから、私達レナメントレアには纏まりが無くなった。


 種族の中には種族長に従わない者もいた。


 魔物の王にくみする以前から人族と親しかった者達の一部は、森に隠れ住んでいた。


 私達のはぐれ里もそうだ。


 レナメントレアの本流とは、長い間繋がりが無い。



 レナメントレアの成人は百歳だ。


 それまではダンジョンを利用して戦闘能力を磨く。


 五十階層の階層主を倒し、無事生還するのが儀式だ。


 明日、皆に見守られながら、ダンジョンに挑戦する。


 今回の挑戦者は、私と、私の幼馴染。


 幼馴染の名は、アリア。


 アリア・アランテ。


 私か?


 私の名は、ニーナ・アイマー。



 何故成人の日を待ち詫びていたか?


 それは里を出る権利が与えられるからだ。



 私達は夕食を一緒に食べた後、くつろいでいた。


「アリア」

「明日ね」


「そうね」

「やっとね」


「…………」


「…………」


「貴方達は明日、朝早く出発する」

「今夜は早めに寝どこに入りなさいね」


「はい」

「シスター」

「少し体を動かしたら、直に寝ます」


「少し、少しね」

「貴方の少しは充てに成りません」

「私の考える少しですよ?」


「…………」

「わかってます」


「貴方、本当にわかってます?」


「大丈夫です」

「貴方も体を動かしましょうよ、アリア」


「体を動かすのは嫌いじゃ無いけど、手加減してよね」


「えー?」

「してますけど」

「手加減」


「嘘ばっかり」

「すぐムキに成るじゃない」

「今日は怪我したく無いから、気を付けてよね?」


「そう来なくっちゃ」


「もう」

「ホントなんだからね?」


「わかってます」


 孤児院には他に子供が三人いるが、すでに寝かしつけた後だ。


 私達は、子供達を起こさない様にそっと孤児院を抜け出した。



 結局、私達が訓練を終えたのは日付けをまたいだ後だった。




 四週間後。


 私達は無事に儀式を終え、おさに別れを告げた。


 神父様やシスターには別れを告げた後だ。


 ダンジョンから戻ったその日に、里を出た。




 私達は急いでいた。



 私達は二人共、妙な夢を見る。


 物心付いた時にはすでに当たり前の様に見ていた。


 繰り返し、繰り返し何度も見る。


 異世界で暮らす、少女。


 アリアも別の少女を見ていると言う。


 目が覚めると、涙が止まらない時が有る。


 夢の正体を突き止めたい。


 それが里を出た理由だ。



 東に聖国と呼ばれる国が有る。


 聖国には大きな図書館が有り、有名な司書が書物を管理しているらしい。


 賢者シェルミ。


 元、レナメントレアの姫。


 彼女なら何か知ってるかもしれない。


 彼女に会わなければいけない。



 三週間後、シーリスの町に着いた。


 やっとの思いで辿り着いた。


 五十階層をクリア出来れば、外に出てもそうは死なないと聞いていた。


 話が違う。


 倒せそうも無い、途轍とてつもない怪物がウヨウヨしている。


 逃げる事しか出来なかった。


 三週間逃げ回ってやっとの思いで辿り着いた。




 情報を得る為には、人の出入りが激しい場所が良いらしい。


 冒険者ギルド近くの酒場に顔を出した。


 カウンターに座る。


 店主に話しかける。


「ちょっと良いかしら?」


「ん?」

「何だ?」

「見かけない顔だな」


「今日、この町に着いたの」

「旅人よ」


「で?」

「その旅人が何の用だ?」


「外の魔物の様子、おかしく無い?」


「……あんたら何処から来た?」


「…………」


「…………」


「言えないか?」

「まあいい」

「教えてやるから何か頼め」


「ブドウ酒お願い」


「私も」


「今、首都クリアが魔物の王の配下に攻められてる」

「まだ、牽制されているだけだがな」


「!?」


「徐々に魔物が集まって来ている」

「しばらく外を移動するのは諦めろ」


「…………」


「…………貴方が今、首都に移動しようと思ったらどうする?」


「嬢ちゃん本気か?」


「私達は長命種」

「貴方より年上よ」

「言葉遣いには気を付けてね」


「ああ」

「つい、な」

「そうさな、俺なら強い傭兵を雇うな」

「引き受けてくれる奴がいればだが」


「なるほど」


「アリア」

「貴方流石ね」


「私だって必死って事」


 私達はブドウ酒を一気に飲み干し、冒険者ギルドを目指した。



 ギルドで依頼を出し傭兵を探したが、私達より強い傭兵は見つからなかった。


 私達と同じような実力ばかりだった。


 今外を徘徊している魔物どもをどうにかするには、私達とはかけ離れた実力が必要だ。


 そんな傭兵が直に見つかる訳は無かった。



 シーリスで足止めを食って、一か月。


 私達は空いた時間でダンジョンに潜って過ごした。


 少しでも実力を上げる為だ。


 朝、ダンジョンに潜り、夜、依頼を受ける連絡が有ったかチェックする。


 そんな毎日だった。



 私には、ささやかな趣味が有る。


 歌う事。


 休日、アリアと別行動を取る時は、広場に立って歌を歌って小銭を稼いだ。


 私が歌うと人は集まって来る。



 シーリスに着いて丁度一か月。


 その日も私は歌って過ごしていた。


 歌っている私の前には、小銭を入れる籠が有る。


 人垣が出来て、広場は混雑していた。


 そこに、人と人の間から輝く石が投げ込まれた。


 私は歌うのをやめて、確認した。


 ダイヤだった。


 誰が投げたかわからなかった。


 集まっている人が多すぎた。



 その日はそれで歌うのを止めた。


 これで傭兵に、より高いお金を出す事が出来るだろう。


 魔道具でアリアに連絡を取り、近くのレストランに集まった。




 アリアは物知りだ。


 はぐれ里に有った古い書物を全て記憶し、この町に来てからも休みの日は情報を集めていた。


 アリアにダイヤを見せる。


 ピンク色で、透明度が高く、指輪に付けるには十分大きい。


 絶対に、籠にポンと投げ込んで良い品物じゃない。


 アリアは興奮している。


「まさかね!」


「そうよね」

「私もびっくりよ」


 アリアは深呼吸した。


 落ち着こうとしてる。


 驚いてる彼女を見た私は冷静に成れた。


 もう、ダイヤは仕舞おう。


 目立つとトラブルが起きそうだ。


「お金に替えて、替えたお金を使って傭兵依頼を出し直しましょ」


「そうね」

「依頼料もギルドに預かって貰おう」


 冷静に、気持ちを平坦にと思った時だった。


 異変に気付いた。


 私はこの店に入る時、同じフロアの客が何人いるか数えてた。


 客は六人だった。


 確か六人。


 でも、いつの間にか八人に成っていた。


 二人、増えている。


 寒気が走った。


 何かが起こってる。


「アリア」

「人数」


「う、うん」

「増えてるね」


「誰が増えた?」


「たぶん端の席の男女二人組」


「私の位置からは見えないわ」


「私には、冒険者に見える」

「外見に目立った不自然さは無いわ」


「そんな筈無い、もう少しよく見て」


「男は、中肉中背」

「黒髪、黒目」

「いたって普通」

「着ている服は普通に見えるけど高価かも」

「女は、洒落た眼鏡を掛けて、髪を後ろでくくっている」

「かなりの美人」

「金髪」

「青い瞳」

「もしかしたら、お金持ちで、普通に見える様によそおっているかもね」


「理由は?」


「着ている服のサイズが体に丁度過ぎる」

「オーダーメイドの可能性が有る」

「そして、今は冒険者が外から入って来れない」

「この一か月で見た事無い顔だわ」

「冒険者を装ってるだけかも」


「何者だと思う?」


「解らないけど…………」

「可能性が有るとしたら、どこかの富豪とか?」


「今の時期に聖国に富豪が来るの?」

「どこから?」


「ノキシュとか?」

「だから、わからないって」


「ただの普通の冒険者で、たまたま一か月会わなかっただけかもだし」


 くだんの男女は店員を呼んだ。


 注文するらしい。


 向こうがこっちに何か注文したようだ。



 しばらくしたら私達に店員が声を掛けてきた。


「あちらのお客様より、本日の特性ビーフシチューを振る舞いたいと」

「良い歌声だった、との事です」

「同席されるなら、更に食事をご一緒したいと仰せです」


「アリア」


「うん」


「行くしかないね」


「そうね」


 私達は二人組のいるテーブルに移動することにした。

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