5章

プロローグ


 兄が中学受験を控えた冬休み、私は家に友達を一人連れてきた。


 兄の息抜きに丁度良いかなと思った私は、兄と一緒に遊ぶ事にした。


 私が連れてきた子の名前は黒崎鏡華。


 目元まで前髪を伸ばしてる。


 普段も恥ずかしがり屋だけど、今日は特別うつむきがちで声が小さい。


 兄に緊張してるみたいだ。


 彼女が緊張するのは珍しい。


 私と出会った時はもっと暗い感じの子だった。


 ある時を境に、急にかわいくなった。


 そして、物事に動じなくなった。


 一緒にいると、安心感があった。


 今髪が伸びているのは髪形を変える為らしい。




 三人でボードゲームをする事になった。


 私と鏡華は会話があるが、兄と鏡華とは私を介して話す。


 そんな微妙な雰囲気でゲームを続けた。


 ゲームは鏡華が一番だった。


 兄は鏡華に、


「おめでとう、良かったね」


 と言うと、鏡華は少し顔を上げ、小さな声で、


「ありがとうございます」


 と返した。


 鏡華の笑った顔が少し見えた。


 私はその顔にドキッとした。


 私は鏡華のそんな顔は見たことが無かった。


 兄も嬉しそうにしてた。



 二人の出会いは、私の記憶にも残ってた。


 きっと、あの時から決まっていた。




 私は黒羽学園高等部に進学した。


 黒羽学園は、中高一貫の、全国でも有数の進学校だ。


 敷地は広く、校舎は中等部と高等部が別になっており、寮やクラブ棟も入れるとかなりの広さになるマンモス校だ。


 勉強だけの学校ではなく、クラブ活動や学校行事にも力を入れている。


 クラブ活動の数は多く、活動名だけでは何をやっているかわからない怪しいクラブもある。


 生徒数も多く、県外から進学してきた生徒は学園の寮に入ったり下宿したりしてる。




 私はこの春から寮に住むことに成った。


 私が学園に入学した中学一年生の時にも寮に住む話が出たが、その時は断った。


 兄と私は血が繋がっていない。


 兄はその事をハッキリ言わなかったが、一緒に暮らし続けるのは不味いのだろう。


 解っていたが、断った。


 もう少し、もう少し、と先延ばしにした。


 去年、兄が先に寮に入った。


 一人で住むには、あの家は広すぎた。


 私は観念して、この春から寮に入っている。




 部活動は、総合武術部。


 一般的に女子高生が進んでやりたがる部、ではない。


 全ての武道、武術を満遍なく訓練し、大会に出る。


 兄が部長だ。


 兄が無理やり護身の為だ、入れ、と勧めてきた。


 ほぼ強制的に入れられた。


 中学一年生の時から、もう三年続けて、今年は四年目だ。



 更に私は生徒会にも入っている。


 忙しい毎日だ。


 忙しい理由は他にもあるが、説明は後にする。



 進学は出来たが、学力は中の上くらい。


 学生生活で勉強についていけないとみじめだろう。


 頑張りたい。



 私の家庭環境は少々特殊だ。


 兄も含めて、二人共養子。


 そして義父がかなりの権力者。


 義父の名は黒戸和馬。



 学園の母体になってる、クロスグループの総帥だ。


 クロスグループは日本屈指の巨大総合グループ企業だ。


 クロスグループの親会社は、黒巣家の一族経営。


 黒巣家は代々この地域の不動産を一手に引き受けていた名家だ。


 黒巣家の分家の一人で有る義父が、黒巣不動産の事業を拡大し、クロスグループを立ち上げ、巨大な組織に作り変えた。


 黒巣家の分家は、家名に黒の字を持っており、この地域で黒のついた苗字の家は大抵黒巣家の関係者だ。


 私は兄と義父の仕事を手伝うのが、自分の将来だと思っていた。


 でも、その将来像が変わってきていた。



 切っ掛けは兄だ。


 兄は、兄が中学一年生の時に何か心境の変化が有ったらしい。


 急に生徒会長になった。


 鏡華を彼女にした。


 昔の友達と仲良くし出した。


 黒沼先生と仲が良い。


 黒沢家の香織さんが、戻って来て、親しくしている。


 そして、兄は中学三年生の時、本を出版した。


 『異世界転生録、ロストエンド』


 直木賞の候補に挙がり、かなり注目が集まった。


 受賞こそ成らなかったが、知る人ぞ知る本として有名になった。


 かなり売れた。


 それから、兄は何を思ってか、テレビに出だした。


 黒戸和馬の息子。


 中学生作家。


 有名進学校。


 中学三年生の時、兄は身長が百八十センチあった。


 顔は普通だが、逆にそこが良い、との事。



 問題は、その後だ。


 兄は、自分の日常を写真に撮って紹介するコーナーで、私を写してテレビに流した。


 私の承諾は無かった。


 それから、兄は頻繁に私の写真を撮った。



 私は、人気が出てしまった。


 悪い気はしなかった。


 軽い気持ちで、一回だけテレビに出てしまった。


 その一回が決め手になった。


 兄以上にテレビに呼ばれるようになった。



 私には、芸能人になる道が出来てしまった。


 私は、学園の中で誰よりも忙しいと断言できる。


 私は学園で有名になりすぎた。


 高等部に入り、親しくしてくれるのは、鏡華だけになった。


 みんな私に遠慮した。



 鏡華とはクラスが違っていた。


 私は、短い休み時間は一人でいた。



 そんな私に話しかけてくれる子が出来た。


 篠宮美弥子(しのみや みやこ)。



 彼女は高等部からの入学組みだ。


 そして、テレビを全く見ないそうだ。


 私が有名人と知らなかった。


 兄が『異世界転生録、ロストエンド』の人だと言うと、喜んでくれた。


 本は好きらしい。


 去年は病気で、病院で勉強して過ごしていたらしい。


 実は一つ年上だ。


 治ったので体を動かしたい、と言うので、一応私の部を紹介した。


 入りたいらしい。


 私は嬉しくなった。


 彼女にあだ名をつけた、ミヤミヤ。


 ミヤミヤと鏡華と私。


 学校では三人で仲良くするようになった。



 四月の終り頃。



 日曜日。


 部活が有った。


 鏡華も同じ部活。


 その日は午前で部活は終わり。


 午後から鏡華は兄と過ごすらしい。


 邪魔しちゃ悪いので、私とミヤミヤの二人で帰った。



 ちなみに、総合武術部は校内で恐れられている。


 兄は生徒会副会長で芸能人。


 黒戸和馬の息子。


 鏡華はその彼女で、生徒会長。


 兄と対等にしゃべる。


 私は黒戸零維世の妹で、鏡華の親友で、芸能人。


 兄と鏡華は大会で優勝したりしている。


 いきなり部を立ち上げて、連勝がほぼ三年ずっと続いている。


 生徒会をやっている為、明らかに練習時間が短いのに、連勝する。


 他の部が怖がって近づかない。



 学校からの帰りは、二人で商店街に行きCDを試聴しようと思う。


 ちょっとした寄り道程度のつもりだ。


 その後、二人でランチの予定。



 ミヤミヤは裏路地が気に成るらしい。


 商店街の裏路地に向かっていく。


 入り組んだ道をさらに奥に進んでいく。


 ミヤミヤは奇妙なビルの前で立ち止まった。


 ビルには端に立派な扉があり、周りには何も書かれていない。


 何のビルで中に何があるか、外からはわからない。


 自宅から近所にあるのに、こんなビルがあるなんて今まで気づかなかった。


「何の店だろ?」

「ちょっと、中を覘いても良いかな?」


「う、うん」


 ミヤミヤは扉のノブに手を掛けた。


 ミヤミヤは中に入る。


 扉が閉まった。


 私もビルの扉に手を掛ける。


 手を掛けると、一瞬違和感のような物を感じたが、気にせずそのまま扉を開けて中に入った。


 高い天井に、小さい照明があり、薄暗いが、何とか中は見通せた。


 細長い通路になっており、その先に、下に降りる階段がある。


 階段を下りる。


 降りる階段はかなり深くまで伸びており、折れ曲がりもせず、どんどん下に進む。


 どのくらい降りたのだろうか、踊り場に出た。


 踊り場の先に扉があり、看板が立てかけてある。


 文字が掠れていて何と読むのかはわからない。


 何かの店という事しかわからない。


 看板の横に掲示板のようなものがある。




 チーム フィナリスラーウム

 所属:こっちでは六人

 進度の近い仲間募集。

 向こうには支援する仲間が多数所属。

 希望者は要相談。

 時代も交渉に応じます。


 クラン 光の旋律

 リーダー レイ

 所属八人

 初心者歓迎。

 少人数のクランです。

 新規二から三名募集

 希望者はレイまで

 時代は合わせて頂きます、要相談。


 クラン クレイモア

 リーダー クレタ

 所属十四人

 若干名募集中

 近接武器専門クランです。

 連絡は、クレタ、アニーまで



 クラン 悠久の旅人

 リーダー ギレイ

 所属三十二人

 新規募集中

 中規模冒険者クランです。




 その他、多数の張り紙があった。


 何の張り紙かまったくわからない。


 ゲームか何か?


 まあいいや、中に入ろう。




 扉を開けると、バーのカウンターみたいなものがあった。


 というか、お酒が並んでいるので、バーのカウンターそのものみたい。


 その他のスペースには、本棚とテーブル席が並んでる。


 バーと本屋、カフェが一つになったような店だ。


 奥にはテラス席もあるようだ。


 地下にテラス席?


 よくわからない、それっぽく見せているだけじゃないかな。



 店員は見るからに怪しい。


 銀髪でサングラスを掛けて、エプロンをしている。


 年は若そうだ。


 二十代前半ぐらいかな。


 解らない、もっと若いかも。


 サングラスからわずかに見える目は、若干眠そうだ。



 ミヤミヤと二人で店内を観察していると声を掛けられた。


「ここは初めてですか?」


「はい」


「誰かのご紹介ですか?」


「なんとなく入ってみたんですが、不味かったですか?」


「いえ、構いません」

「参考に聞いているだけですので」


「初めての方には、まず本を読んで頂くことになっていますが、お時間よろしいですか?」


 店員は壁に掛かった時計を指さした。


 時刻は十二時十七分。


 店員は革表紙の分厚い本を手渡してきた。


 ミヤミヤが受け取った。


「凄く分厚いんですけど…………」


「切りの良い所まで読んで頂いて、感想を頂ければ結構ですよ」


「そちらの個人スペースでお願いします」


 私も分厚い本を受け取った。


 店の端にある、図書館の自習室のような場所に案内された。


「無事に戻られる事を、心よりお待ちしています」


 ?


 自習室の扉を閉め、それぞれ席に座る。


 タイトルの書かれていない、革表紙の本を開いた。




 この瞬間、私達は消滅した。

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