1話 不器用
ゴールデンウイーク明けの五月の始め。
俺は職員室の扉を開けた。
「山本先生はどちらですか?」
入口近くにいた先生らしき人物に尋ねた。
右端の席の眼鏡を掛けた人物が山本先生だと教えられた。
山本は若い
その山本に声を掛ける。
「初めまして、黒巣壱白です」
山本は一瞬驚いた顔をした後、表情を整えて、俺を見て言った。
「遅かったな」
「病み上がりだからといって油断してると、生活指導に目を付けられるぞ」
「補習の態度も余り良くなかったようだしな」
眠いし、怠い。
イラつく。
俺は視線を下に向けたまま答えた。
「車で送って貰わずに来たのは初めてで」
「補習も、まあ……、気を付けます」
俺はやる気が無いのを隠す気は無い。
怠いから、態と遅れて来たんだ。
黙ってればこのまま何とかならないか?
たぶん山本は、厄介事だと感じてるんだろうな。
態度で解る。
この俺と縁があるとは、ご愁傷様。
面倒なのはお互い様だ。
「この後ホームルームをやって、今日は終わりだ」
「ホームルームでは自己紹介をしてもらうから、何か考えといてくれ」
名前以外に何か言うと思ってるのか?
そんな面倒な事する訳無いだろ。
俺の態度を見て解らないのか?
俺はとりあえず頷いて返して、教室に戻ろうとする山本の後に続いた。
俺の名は、黒巣壱白。
地元では有名な、黒巣不動産の跡取り、らしい。
両親を早くに亡くし、後見人の、執事の様な男に育てられた、らしい。
実の所、この一週間より前の記憶はない。
大怪我をして記憶喪失になったそうだ。
一般知識はある。
ドラマなんかでよくあるだろ、自分個人についての記憶が一切無いというパターンの奴だ。
最初に俺は名を名乗ったが、自分の名前という実感は無い。
自分の名前だぞ。
イラつく。
学生証に名前と写真が有ったので信用したんだ。
俺は病院で、俺の後見人を名乗る男に面倒を見て貰っていた。
面倒を見て貰っていて悪いが、俺の勘ではこいつは何か隠している。
胡散臭い。
信用できない。
しかし、病院側は、奴を後見人として扱う。
どうすることも出来なかった。
俺は四月の始め頃、事故にあったらしい。
頭蓋骨陥没で入院。
五月のゴールデンウイーク前に退院出来たのが不思議で仕方ない。
退院から一週間、ゴールデンウイーク中はずっと補習だった。
俺は何故か進学校に入学していた。
黒羽学園高等部。
何故そんな面倒な事を…………。
後見人の言う通りなら、どうせ不動産会社を継ぐ事になる。
適当で良いだろ。
学業の遅れは一週間で取り戻せなかった。
単位が欲しかったら、日曜日にも学校に出て来いとよ。
もう、留年で良いか?
ダメか。
そっちも面倒だしな。
自己紹介。
嫌な予感しかしない。
俺は自慢じゃ無いが、見た目が良い。
今は頭を包帯でグルグル巻きにしてるが、銀髪だ。
そして瞳は緑。
クウォーターらしい。
背も高い。
モデルや俳優と言っても通用しそうな顔。
控えめに言っても、どこかの王子様だ。
その上、金持ち。
絶対に目立つ。
面倒。
イラつく。
予想じゃ無く、単なる事実だったな。
四月の始めにも自己紹介はしている筈。
今回の自己紹介は、記憶の無い俺の為に行われるのだろう。
俺には、紹介してやる自分が無いが、聞くだけ聞いてやろう。
面倒だがな。
俺の為なら仕方ない。
教室の扉を開ける。
一人の女生徒に視線が吸い込まれた。
俺の視線は釘付けだ。
俺には解る、俺は彼女に会うためにこの学校に来た。
言っておくが、発情している訳じゃ無い。
面倒な説明は省くが、彼女は特別だ。
そして、彼女が特別であると感じるのは、俺だけじゃ無いだろう。
客観的に見て、彼女は非常に美しい。
天から降りてきた女神と言われた方が納得する。
人間離れしている。
テレビで見る芸能人の中にもこんな美人は居ない。
芸能人の頂点を百点とした場合、彼女は百七十点を超えて来る。
情報の溢れた時代で、想像を遥かに超える美しさだ。
ちなみに俺の自己評価は百三十点。
俺も想像を超える美形だが、彼女には遠く及ばない。
彼女の身長は百七十五センチ程。
高校一年生の女子にしては発育し過ぎている。
顔が小さく、足が長い。
八頭身。
そういう体格の場合、スレンダーと思うだろ?
実際は非常に起伏が激しい。
背中まで伸びたストレートな髪が、彼女の神秘性をより一層引き立たせていた。
美し過ぎる。
普通の生き方は出来ないだろう。
どうあっても目立つ。
俺もそうだった筈だが、彼女の方が大変だったろう。
十五歳まで、どんな人生だったのだろうか?
考えを巡らせたのは一瞬だ。
俺は山本に促されるまま、彼女の一つ後ろの席に座った。
窓側の一番後ろの席だ。
俺は身長が百八十五センチある。
後ろじゃ無いと邪魔なんだろう。
自己紹介が始まった。
みんな俺の方を向いて話してくれる。
面倒そうな素振りはない。
四月に通っていた数日で、クラスメートに相当好かれていた様だ。
俺の自己紹介は最後だ。
友達ごっこをするつもりは無い。
しかし、自然と耳に入って来る情報を聞くだけならやぶさかじゃない。
俺は優れた頭脳を持っている。
聞くと自然に覚える。
暇つぶしに覚えておいてやってもさして面倒ではない。
なら仕方ない、聞いてやる。
俺の番が回ってきた。
「どうも、黒巣壱白だ」
「よろしく」
「それだけか?」
「他に何か言う事は?」
山本うるさい。
面倒だろ。
仕方ない。
「みんな、俺の為に態々もう一度自己紹介させて悪かったな」
「みんなの事は大体覚えた」
「仲良くしてくれ」
こんなところでどうだ?
文句ないだろう?
悪かった等とは思っていない。
嘘だ。
山本が勝手に仕組んだことだからな。
俺は頼んでいない。
恩に着せるなよ。
ホームルームが終わった。
運命の彼女の名前は、姫黄青子。
「姫黄」
「放課後時間あるか?」
「黒巣に校舎を案内したいんだが……」
「俺の時間が取れなくてな」
「引き受けます」
「学級委員ですから」
「うん」
「助かる」
今日は休み明けで授業が半日だった。
おお、いきなりか?
ちょっと心の準備が出来てないのだが。
起立。
礼。
みんなは帰って行った。
俺と彼女は気を使われている。
誰も話しかけて来なかった。
山本も教室から出て行った。
彼女は振り返る。
近い。
超絶美人がそのパーソナルスペースは無いだろ。
近すぎる。
俺じゃ無かったら、途端に魅了されてしまうぞ。
俺は彼女の顔を真っ直ぐ見た。
普通の美人なら、作り物みたいだ、とかの感想だろう。
彼女の場合、こんなものが存在して良いのか? と言う感想が出て来る。
目が大きくて、まつ毛が長い。
大きくて切れ長の目。
その目が俺をじっと見ていた。
彼女の美しい唇が動く。
「心配、したんだから」
その言葉に嘘は無いのだろう。
「携帯電話はどうしたの?」
「何度連絡しても繋がらなくて」
「そういえば、持ってないな」
「事故で壊れたんじゃ無いか?」
「そう」
「私の事何か覚えてる?」
「悪い」
「何も覚えていない」
「もう」
「黒巣君、雰囲気変わったね」
「聞いているだろ?」
「自分の記憶が無い」
「たぶん別人になっている」
「だよね」
「残念」
「…………」
「私、貴方に告白されてたの」
「こんな事なら、勿体ぶらないですぐに返事しておけば良かった」
「…………」
きっと以前の俺は、彼女のこの答えを強く欲していた筈だ。
たとえ彼女の気持ちが嘘であったとしてもだ。
どれほど望んでいたのだろうか?
わからない。
何も思い出せない。
思い出せなくて焦る気持ちも出てこない。
彼女は美しい。
しかし、今の俺は彼女に異性として好意を抱いている訳じゃ無い。
俺は運命に対して漠然とした怒りを感じていた。
「じゃあ、案内するね」
彼女は、何事も無かったかのようにそう言った。
「頼む」
そう言う他無かった。
黒羽学園は広い。
案内が無ければ、授業を受ける教室が解らない。
同じ用途の教室が複数存在しているからだ。
説明を受けながらの案内は時間が掛る。
昼ご飯時になってしまった。
彼女と食事をすることに成った。
何故か彼女は俺との接触を引き延ばそうとしていた。
彼女は不器用だ。
全てが演技だと俺には解っていた。
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