29話 致命傷

 レイセ:主人公。

     黒戸零維世であり、クリア・ノキシュでもある。

     融合者。

     契約者。

     黒羽学園中等部生徒会長。

     美月は妹。

 黒崎鏡華:プロミネンスと名乗っている。

      ルビー・アグノス。

      融合者。

      契約者。

      月と太陽の国女王にして、現人神。

      小学六年生。

      美月と友達。

      レイセと婚約している。

 リビア:聖国クリアの元代表。

     レイセと婚約している。

 黒竜:真名、レムリアス。

    白竜と並ぶ最古の神獣。

    レイセと契約している。

 黄山十夜:春日高校一年生。

      融合者。

      契約者。

      ファガス。

 青井友介:七星学園高等部一年生。

      融合者。

      契約者。

      コナル。

 ボーデン・バレット:フレドの補佐。

           守護者。

           閑話に登場。

 フレドリック・ユルロア:連合国クロトの守護者長纏め役。

 リアンナ・ドバスカリ:海洋国家ドバスカリの女王。

            黒沢香織。

            大学生。

 エウェル:クリア・ノキシュの妻。

      故人。

 エーシャ:エウェルとクリアの娘。

      クリアとは血が繋がっていない。




 

 一日ほど経過した。


 まだ眠気は無い。


 まだやれる。


 俺達に会話は一切ない。


 いつかリビアとやった百%の連携が七人で出来ていた。




 俺は部分融合で腕を一本作り出し、空間からレモンジュースを取り出した。


 容器にはストローが付いており、簡単に飲める。


 戦いながら、追加した腕で水分補給する。


 飲み終わったら、コナルに向かって投げた。


 コナルは部分融合で追加した腕でつかみ取る。


 コナルは俺と同じように水分補給する。


 言っておくが、俺達に余裕はない。


 戦いながらの水分補給には、針の穴に糸を通す事以上に神経を使う。


 だが、補給しないと持たないと感覚でわかっていた。


 コナルは容器の中身を飲み干した。


 コナルは容器を俺に投げ渡した。


 俺は容器を受け取り、容器を空間の中に収納、中身を補充してプロミに投げた。


 容器を使い捨てると数が足りなくなる。


 戦いが十日程続くと予想していたので、この辺は打ち合わせしている。




 一日戦って、栄養がレモンジュースだけなんだ。


 めちゃくちゃ旨く感じる。


 レモンジュースにはハチミツを多く入れた。


 レモンジュースが旨すぎて好物の順位が変わりそうだ。


 レモンジュースがこの世でぶっちぎりの一番になりそうだ。


 きっと間違いないだろう。


 今そんな気分だが、ジュースは後、オレンジとリンゴが有る。


 この先、もしかしたら、微かな可能性だが、順位が入れ替わるかもしれない。


 だってまだ一日目だ。



 何が起こるか解らないぞ。



 二日経過して、三日目の朝、の、筈。


 俺達の集中力はまだ途切れていない。


 ミスもまだない。


 敵の勢いは衰えない。


 七人で、全力で殲滅せんめつして、ギリギリ数のバランスが保たれている。


 俺達にはまだ変化が無い。



 味覚には変化が有った。


 昨日飲んだオレンジジュースは旨かった。


 まさかのレモンジュース越えだ。


 あのレモンジュースを超えるなんて、あり得ない。


 奇跡の味だ。


 甘味と酸味のバランスは見事としか言えない。


 正に神の造りたもうた味だ。


 美味しゅうございました。


 おし、次はリンゴだな。




 ふざけている場合じゃ無いって?


 疲れている時に飲んだらなんでも旨いって?


 どうせリンゴが勝つって?


 俺だって解っているんだぞ。


 予想出来ている。


 予想ついていても、実際に体験してみたら、想像を超えている事は幾らでもあるだろう。


 そう言う話だ。


 俺は真面目にやっている。


 真剣だ。




 四日目の朝。



 そろそろ眠気が来る頃だ。



 本来なら限界に近い眠気が俺達を襲っている筈だ。


 今眠気を感じていないのは、ボーデンの補助魔法が効いているからだ。


 補助魔法は効いている。


 しかしながら、疲れは出ていた。


 俺達は戦闘中声を出さない。


 意識してそうしている訳じゃ無い。


 自然とそうなっていただけだ。


 今、四日目の朝。


 「はっ」とか「ふっ」とかの声が出始めている。


 全員だ。


 繰り出す攻撃に気合を載せる為、声を出す必要が出て来ていた。


 自らの内に秘めた何かを、捻り出し始めている。


 今までは準備運動に過ぎない。


 ここからだ。


 ここからどの位踏ん張れるか。


 戦いは今始まった。




 今、五日目の朝だ。


 日数を数えるのは止めにしようと思う。


 余裕が無くなってきた。


 眠気も感じる。


 無心でやりたい。


 リンゴジュースはどうだったか?


 旨い。


 旨い、ただそれだけ。


 好物の順位など、もうどうでも良い。


 あんなのは戯言ざれごとに過ぎない。


 ジュースを飲む事は、糖分と少しのカロリーを摂取する為だ。


 それ以上でも、それ以下でもない。




 まだミスが出ていないが、危ういと感じる事が有る。


 俺の感覚の話だ。


 みんなの動きに危うさは感じない。


 まだ表には出て来ていない。


 俺の感覚はみんなとそう大差ない筈だ。


 攻撃も防御も、ミスした時の事を考えて動く必要が出てきている。


 いよいよ追い詰められてきた。




 眠い。


 気合を入れる為に自らの頬を叩く暇さえない。


 起きているのか、寝ているのか、区別が出来なくなっていた。


 「はっ」とか「ふっ」だった掛け声。


 今では「ぜあぁー!」とか「だりゃぁー!」に変わっている。


 しかも、声を出している自覚はたぶん無い。


 無自覚、無意識。


 止まってしまうと、動きが噛み合わなくなり、仲間が死ぬ。


 自分の事はどうでも良い。


 仲間だ。


 一人でも欠けると、全滅する。


 一度でも心が折れると取り返しがつかない。


 弱気になってはダメだ。


 まだだ。


 まだいける。



「『身体能力向上』を解除し、『戦意高揚』に絞り込みます」


 体力の低下よりも、眠気による集中力の低下がひどい。


 文句の付けようの無い、英断だ。


「ボーデン、頼む」


 ボーデンが『身体能力向上』を解除した。


 ずっしりとした、体の重みを感じる。


 替りに『戦意高揚』の威力が増した。


 体の重みも、心地よく感じる。


 まだ、行ける。




 ミスが多発し始めた。


 致命傷には至らない、些細なミスだ。


 ハインリッヒの法則。


 一対二十九対三百だったか?


 法則の通りなら、そろそろヤバいミスが出る。


 そんなミスが出てしまったら、全滅だ。


 落ち着け。


 焦るな。


 慌てるな。


 まだ何とかなる。


 信じろ。


 諦めるな。


 耐え切るんだ。





 あれから、ヤバいミスが出るかもと思ってから、何日経ったのだろう?


 かなり長い時間耐えている筈だ。


 時間の感覚が無い。


 思っているより短いかもしれない。




 わからない。




 俺達はまだ耐えていた。


 体が重い。


 動きに精彩さはもう無いだろう。


 自分達を客観視する余裕が無い。


 敵を一撃死させ続けていられるのが、不思議だ。


 煩い位に出ていた声は、止んでしまった。


 声を出すと体力を消耗する。


 また無言に戻った。


 こんな、馬鹿げた試練を用意するとは。


 途中まで怒りを感じていたが、今はどうでも良くなっていた。




 この局面を打開するための策は有るのか?


 俺は、働かなくなった頭を、再度働かせようとしていた。


 『戦意高揚』の魔法は効いているが、足りない。


 魔法が効いていなかったら、気絶している。


 眠気は限界だ。


 俺はこの試練の期限が十日と予想した。


 勝手な予想だ。


 確実に存在感にダメージを与える事が出来るようになる為の試練。


 と、思っていた。




 もう、十分だろう。


 十日を超えた筈だ。


 まだ何か有るのか?




 始めは些細なミスだった。


 フレドが盾で受け流す方向が、若干プロミの動線に干渉していた。


 プロミが大回りした事により、コナルの動線も変わった。


 いつもならここでみんなが連携して、矛盾を緩和させる。


 だが今回は無理だった。


 コナルは自分の動線に気を取られて、左からの攻撃を見落とした。


 コナルの左腕が切断された。


 敵が陣形の内側に入って来た。


 陣形が崩れて、ボーデンが危険にさらされる。


 ボーデンの魔法が止まると、全滅する。


 致命的な事態が、ついに起こってしまった。




 俺はこの時、ひらめいた。


 これだ。


 たぶんこの時を待っていたのだ。


 この最悪の事態を打開するのが試練だ。


 俺は、とっさにボーデンと敵の間に体を滑り込ませた。


 大斧の攻撃をボーデンが受ける所に、割って入った。


 俺は、肩から胸、腹を斜めに切断された。


 致命傷。


 プロミとリビアが叫び声をあげた。


 他は絶句している。





 俺は、死ななかった。



 俺は、俺の体は、光で出来ていた。



 俺の体は、影で出来ていた。



 俺の体は、水で出来ていた。



 俺の体は、砂で出来ていた。



 俺の体は、風で出来ていた。



 俺の体は、炎で出来ていた。



 俺の体は、自然現象だ。



 切り裂かれた体は、何事も無かったかのように、元に戻った。


 俺は、俺を切り裂いた鉄人を、一撃で消滅させた。


「みんな、大丈夫だ」

「気を抜くなよ」


 だが、俺が鉄人を消滅させた瞬間、全ての敵が消滅していた。


 試練は終了した。

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