閑話 リドット・シルベストの改心

 レイセ:主人公。

     黒戸零維世であり、クリア・ノキシュでもある。

     融合者。

     契約者。

 黒崎鏡華:プロミネンスと名乗っている。

      ルビー・アグノス。

      融合者。

      契約者。

 黒竜:真名、レムリアス。

    神獣。

    レイセと契約している。

    四足移動。

    背中に羽根がある。

 黒沼直樹:ベル。

      黒羽学園高等部の数学と物理の教師。

      中等部生徒会顧問。

      融合者。

      守護者。

 黄山十夜:春日高校一年生。

      融合者。

      契約者。

 青井友介:七星学園高等部一年生。

      融合者。

      契約者。

 エウェル:クリア・ノキシュの妻。

      故人。

 リビア:元守護者。

     レイセと北の大地に旅立った。

     聖国クリアを創設した。

 ボーデン・バレット:傭兵団ラーウム所属。

           ソロのBランク冒険者だった。

           幕間に登場。

 ラトス・ミュラ:元ルピアスの将。

 クルダム・ゼロス:ノスヘルの元代表。

          文官長。

 フレドリック・ユルロア:連合国クロトの守護者長纏め役。

 ピナンナ・ラクトリ:ノスヘルの守護者長。

 レイ:『光の旋律』リーダー。

    長命種。

    血の繋がっていない子供がいる。

 リドット・シルベスト:スロラの守護者長。

 スベル・リニア:アップラの守護者長。

 ワイツル・アフガーニ:ラクラシの守護者長。



 その男はごく普通に見えた。


 中肉中背。


 黒髪。


 黒目。


 髪は男として長くも短くも無い。


 体は鍛えられているが、筋骨隆々とまでは行かない。


 何処にでも居そうな男だった。


 話には聞いていた。


 実際に見ると、感じるものがある筈と期待していた。


 期待外れだ。


 感じるものが無い。


 仮面の男とはどれほどの怪物だったのか。


 この男はその時何の功績も上げていない。


 その場に居ただけだ。


 何故この男が王に推されたのだ?


 訳が解らない。


 スロラの騎士として、やはり手合わせが必要だ。


 そう感じた。




 騎士はこれから守護者と名乗り、今までの都市の代表と入れ替わる。


 守護者の長が都市の代表になる。


 俺はその守護者の長の集まりに召集された。


 俺はスロラの守護者の長になる。


 守護者の長を纏めるのは、フレドリック・ユルロアらしい。


 王の一存だそうだ。


 戦いに参加した十三都市は何の不満も無いらしい。


 不自然な話だ。




 また、王を見る。


 隣には二人の女性が座っていた。


 二人とも絶世の美女だ。


 一人は、赤い髪、赤い目をした美女。


 一人は、金の髪、青い目をした美女。


 赤い方は、月と太陽の国の女王で現人神。


 もう一人は、聖国で代表を務めていたらしい。


 この二人は俺たちの王よりもよっぽど雰囲気が有る。


 そして、赤い方は俺のタイプだ。


 羨ましすぎる。


 二人を妻にすると王に成る前から決めていたらしい。


 この普通の男がだぞ。


 腹立たしい。


 そう感じているのは俺だけじゃない筈だ。




 普通の男の隣でクルダム・ゼロスが説明をしているのを聞いている。


 内容は守護者の役割についての確認だ。


 スロラに伝令が来た時に聞いた内容とほとんど変わらない。


 クルダムは文官だ。


 守護者となった騎士団長とその連れはみな屈指の武官だ。


 その武官を相手に少しもひるむことなく堂々と説明を行っている。


 噂道理の傑物だ。


 黒い噂もあるが、それも全てノスヘルの為だったと皆が理解している。


 その力が連合国クロトの為に使われようとしている。


 わかり切った話でさえ、彼が説明をするなら聞こうという気にもなる。




 王に推されている普通の男は、立派なイスに座りながらそれをボーっと眺めている。


 何の感情も現れていない。


 たぶん何も考えていない。


 こんな男の為に国が出来たのか?


 馬鹿げている。


 クルダムの話が終わった。



 普通の男が立ち上がる。


「今日は夜に懇談会を行う」

「宴だ」

「俺と手合わせしたい奴はその時申し込んでくれ」

「全員と相手になる」

「じゃ、解散」


 もっと、こう、気の引き締まる様な一言とか言えなかったのか?


 馬鹿馬鹿しくなってきた。






 宴が始まった。


 立食パーティーだ。


 俺の口からは愚痴しか出てこない。


 それをアップラの守護者長スベル・リニアが苦笑しながら頷いている。


「オアミ、クベルト、ミクトシアからは誰も来ていなかったな」


「ああ、その三都市は出兵した奴のほとんどが死んだ、余裕が無いんだろう」


「…………」

「皆隣接都市だった」

「実力は知ってる」

「それを…………」


 ラクラシの守護者長ワイツル・アフガーニが俺たちのテーブルに来た。


「聞いてれば、貴方たちは愚痴ばかりですね」


「ちょっと待ってくれ、愚痴を言ってるのはスロラのリドット・シルベストだけだぞ」

「俺は聞き役だ」


「どっちでも良いですよ」

「あの『最初の冒険者』が王に成るのですよ」

「嬉しくないのですか?」


「確かにあの物語は良く出来ていた」

「感動した」

「が、物語だ」

「あの男は普通だぞ」


「…………」

「ふっ、あははは」

「あの方が普通ですか?」

「なら、貴方は手合わせを申し込めばいい」


「たぶん、出兵した十三都市は誰もあの方に手合わせを申し込まない」

「仮面の男は異常だった」

「私たちは遠くから矢を射るので精一杯でした」

「あの方は唯一人、仮面の男の手の届く距離にいました」

「どんな光景だったか、見ていない貴方方は解らないのでしょう」

「この部屋の全員でかかってもあの方は討てない」

「絶対に」


「何だ?」

「揉め事か?」


「フレド」

「あの王が普通に見えるらしいです」


「はッ、普通な訳ないだろ」

「何言ってんだ」

「俺はあいつの神獣を見て、戦う気無くしたぞ」


「あれで契約者なのか?」


「スロラとアップラにはあまり情報が伝わって無いらしいです」


「オアミ、クベルト、ミクトシアの東だから仕方ないか」

「あいつの神獣は黒竜だ」


「…………」


「聞いてるか?」

「反応してくれ」


「聞いてる」

「余計に理解が及ばなくなった」


「そうか、そうだな、理解出来ないかもな」

「あいつはな、南の大陸の聖国で王に推されていたんだ」

「それを置いて、実力を付ける為と言って、揉めている十八都市に来たんだ」

「最初から、王に成って十八都市を治める気で北の大陸に来たんだぞ」

「普通か?」


「馬鹿げた話だな」


「でも事実だ」


「南の聖国はどうするつもりなんだ?」


「両方治めると言っていた」


「はっ、真面目に言ってるとは思えん」


「確かに」

「実際に巻き込まれてなければ、笑って終わりなんだが」

「そして、お前も巻き込まれた」


「…………」

「少し、見方が変わった」

「手合わせが楽しみになって来た」


「目を付けられたら終わりだぞ」


「フレド、貴方がそれを言うんですか?」


「ああ、当たり前だろ、気の毒だ」


「あの王に目を付けられるか」

「私も手合わせ願おうかな」


「終わりだって言ってんだろうがよ」


 そのまま全員が手合わせしたいと言い出した。


 フレドは、馬鹿ばっかりだ、俺が選ばれる訳だぜ、とか言っていた。



 その後、王が来た。




「今日は俺が料理を振る舞う」

「お前らには珍しいだろうが、俺は好きだ」

「食べてくれ」


 王は給仕用の車に料理を載せて押してきた。


 奇妙な物体が並んでいる。


「いい大豆が手に入った」

「納豆はお前らには強烈だろうな」

「海苔は手に入らなかった」

「おにぎりは海苔無しだ」


「クロト様」

「どれがおにぎりなんだ?」


 フレドは普通に受け答えする。


 普通、王は料理しないだろ。


 突っ込めよ。


 お前が流すと誰も言えなくなるだろ。


「その白いのがおにぎりだ」

「立食だからな」

「食べやすいのにした」

「納豆は食べ難いが、まあ、反応が面白いからな」


 白いのを見る。


 三角に固まった米だ。


 そうとしか言いようがない。


 これが料理か?


 契約者には異世界の記憶を持つ者がいると聞いた事がある。


 王が運んで来た料理らしきものは異世界の知識から作られたんだろう。


 契約者は、自らが契約者で有る事を隠してきた。


 こいつは隠す気が無い。


 バカなのか?


 いや、警戒心が無い事を示しているのか?

 

 王はおにぎりを手でつかんで口に入れた。


 酸っぱいらしい。


 そんな顔だ。


 何か入っているのか?


 俺も一つ掴んで口に入れた。


 鮭の切り身が入っていた。


 米は知っている。


 鮭とよく合う。


 酸っぱくは無い。


「クロト様」

「酸っぱくないですよ」


「俺のは梅干しが入っていたんだ」

「この列は梅干し、隣の列は鮭、その隣はツナマヨネーズだ」


「…………」

 

 梅干しという単語に心当たりが無い。


 まあいい。


 順番に一つずつ食べる。


 どれも悪くない。


 おいしいのか?


 わからない。


「納豆とは?」


「おお、リドット、お前行くか?」


 王は嬉しそうだ。


 俺は嫌な予感がした。


 嫌な予感とはよく当たるものだ。


 断ろうとしたが、遅かった。


 王が説明し出した。


「簡単に言うと、腐った大豆だ」


 腐っていたらダメだろう。


 何を言っている?


「パンと同じだ」

「菌がイースト菌じゃなく納豆菌なだけだ」

「発酵食品だ」

「醤油をかけて、箸でよく混ぜて粘りを出してから食べる」

「見ておけ」


 発酵食品という単語は知っている。


 王は二本の棒で器用に豆をかき混ぜている。


 豆は糸を引いている。


 ダメだ腐っていやがる、早すぎたんだ。


 いや、遅すぎたんじゃ無いか?


 発酵食品にも限度があるだろ。


「糸を引くくらい腐っていては食べられないでしょう?」


「食べる所を見てろ」


 王は口に入れた。


 普通に食べた。


 俺も食う流れだ。


 意を決して、俺もマネする。


 口に入れてみた。


 臭い。


 が、食える。


 味は、旨いかもしれない。


「醤油も発酵食品だ」

「旨いだろう」

「月と太陽の国から取り寄せた」

「フレド」

「逃げるな」

「貴重なのは知ってるだろ?」

「お前も食ってけ」


「なんで俺なんだよ」

「他にもいるだろ?」


「逃げるからだ」


 他にも興味深い料理が並んでいるが、今はいいタイミングだ。


「クロト様」

「手合わせなのですが、全員お願いします」


「ん?」

「お前と、スベル、シズル、マエン、ラベーズ位だと思っていたが、全員か?」


「そうです」

「全員です」


「じゃ、明日訓練場に来い」

「朝からそこにいる」

「いつでも良い」


 意外と話し易い。


 普通だ。


 気負った所が少しも無い。


 …………。


 評価は明日だ。


 明日する。


 宴なんだ。


 いがみ合っていた十八都市の懇談会だ。


 今日はその奇跡を堪能しよう。



 王は酒を水の様に飲んでいる。


 酒かどうか怪しくなってきた。


 どんだけ飲むんだ?


 馬鹿じゃないか?


 まあいい、俺も飲む。





 もう朝だ。


 ちょっと飲み過ぎたが、昨日は楽しかった。


 十八都市で酒を飲むなんて嘘みたいだった。


 年に二回やるらしい。


 解ってきた。


 あいつは面白い。


 実力も有るんだろう。


 まあいい、これから試しに行く。


 俺は支度をして訓練場に急いだ。







 みんなもう集まっている。


 手合わせはまだみたいだ。



 王が素振りをしている。


 ただそれだけをみんなが注目していた。



 洗練されてはいない。


 不器用な素振りだ。


 だが、速い。


 尋常じゃない速さだ。


 俺は寒気がした。


 あれと打ち合うのか?


「来たか」

「リドット、お前からだ」

「お前が先に声を掛けた」

「始めるぞ」


 俺は剣と盾を部分融合で出した。


 王も剣と盾を出した。


 俺は左回りに動く、王はその場で体の向きを俺に向けるだけだ。


 向かってこない。


 俺は右の剣を振り降ろした。


 王は盾で受けた。


 ビクともしない。


 そうだろうな。


 王から見て右から左に剣が払われた。


 俺は盾で受けた。


 俺は堪え切れなかった。


 二メートル後退した。


 盾がひしゃげていた。


 めちゃくちゃ重い。


 両手持ちのハンマーでもこうはならない。


 冷汗が出ていた。


 俺は槍に切り替えた。


 王は薙刀を持っている。


 俺は全力の突きを放った。


 当たれば致命傷。


 王は死ぬだろう。


 やはりそうは成らなかった。


 王は突きを薙刀で切り落とした。


 完璧に見切られていた。


 俺は下がってしまった。


 大きく、三歩。


 王はナイフを投げてきた。


 俺は慌てて大盾を作った。


 ナイフが速くて線に見えた。


 ナイフが盾に突き刺さる。


 重い。


 俺は更に後退した。


 王は矢を連続で射ってくる。


 盾は刺さった矢でハリネズミの様だ。


 俺は下がり続けた。


「もういいだろ?」


 王はそう言った。


 王との距離は三十メートル。


 王はその場を動いていない。


 三十メートル後退させられた。


 …………。


 王は普通にしている。


 気負った所が少しも無い。


 平常心を維持している。


 俺には王を動かす事は出来ない。


 心も、体も、揺さぶる事さえできない。


 差は歴然だ。


「やはり、貴方が王だ」

「納得した」


「お前はもっと鍛えろ」

「最低全武器を使えるようにしろ」

「お前らもそうだぞ」


 場は鎮まり返っていた。


「誰も返事しないのか?」

「どうした?」

「元気出せ」


 元気なんて出る訳無い。


 最低条件が厳しすぎる。


「今すぐにとは言ってないぞ」

「俺も二百年掛かった」


 二百年で出来る訳がない。


「まあいい、次は誰が相手だ?」


 この王でも倒せない奴とはどんな怪物なんだ?


 フレドが言うには、俺はもう巻き込まれたらしい。


 なら、全力で鍛えてやろう。


 やってやる。


 俺はこの王に付いて行く。


 そう決めた。


「王」

「もう一回だ」


「そうか」

「リドット、お前良いな」

「気に入った」


「ちょっと待ってください」

「次は私です」

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