3話 予想外

 レイセ:主人公。黒戸零維世であり、クリア・ノキシュでもある。

     融合者。

     契約者。

 黒崎鏡華:一緒にボードゲームをやった。

      プロミネンスと名乗っている。

      融合者。

      契約者。



 素振りを続けていると、プロミは何か食べたい物有る? と聞いてくる。


 最近はしょっちゅうだ。


 俺が食べたい物を食わせたいらしい。


 だが生憎あいにく、今俺は食にあまり興味が無い。


 どちらかと言うと、プロミが美味しそうに食べている所を見たかった。


 俺は、


「お前が食べたい物を一緒に食べるよ」


 と、いつも言っている。


 彼女はいつも、困った様な、嬉しい様な複雑な表情をする。


 長い時間一緒に過ごして、彼女が解ってきた。


 彼女の素は、声の小さい、うつむきがちの少女だ。


 初めて会ったあの時の彼女が、素の彼女だ。


 俺には解る。


 いつも無理して強く見せようとする。


 いじらしい奴だ。



 彼女は夕飯に、やけに赤いスープを持って来た。


「さあ、食べて」


「ああ」


 俺の表情が気に成るらしい。


 めちゃくちゃ辛い。


 油断すると、こういう事をしてくる。


 俺は淡々と食べてやった。


 汗をかいているのを見て、彼女はしてやったりと言う顔だ。


「次に、食べたいものは?」


「特に無いかな」


「もう!」

「何よそれ!」


「俺は女が嬉しそうに食べている所を見たいんだ」

「お前が食べたい物で良いさ」


「うっ、くっ、ば、馬鹿じゃない!」


 彼女は顔をそむけた。


 耳が赤い。


 別に口説いている訳じゃ無かったんだが。


 そう言う反応をされると俺も恥ずかしい。


「台所を貸してくれたら、俺が作っても良いよ」


「そ、それは魅力的な提案ね」


「日本食好きか?」


「…………」

「なんで解るのよ」


「勘」

「材料は?」


「有るわ」


「台所に案内してくれ」


 その後、彼女の笑顔が見られて俺は嬉しかった。




 素振りは他の武器に移行していた。


 自分が納得したら、次の武器に移行する。


 その繰り返しだ。


 今はハンマーを振っている。


 その前は槍だった。


 次は弓を使いたい。


「なぜ、プロミネンスと呼ばせてるんだ?」


「単独行動で自分の国を連想させる名前を使うと、自分の国に迷惑が掛かるわ」

「もう手遅れだけどね」


「それでなんでプロミネンスなんだ?」


「深い意味は無いわ」

「月と太陽の国だからかしら」

「皆既日食で紅炎って呼ばれてるから、月と太陽に関係あるし」

「私は赤いでしょ?」

「魔物の王と敵対するのは私のわがままって自覚有るのよ」

「本当は迷惑かけたくない」

「私はあがめられてるわ」

「現人神」

「月女神と呼ばれる事もあるわ」


「神か」

「どんな気分なんだ?」


「…………」

「言葉に出来ないわね」

「興味が有るならなってみれば良い」

「なってみれば解るわ」


「ちょっと待て」

「不吉な事を言うな」

「俺は戦士だ」

「神には成れない」


「黒竜に選ばれたんだもの、周りがほっとかないと思うけど」

「私の様に」


「…………」






「次は弓を使いたい」

「的を用意して貰えないか?」


「自分の結界を狙えば良いわ」


 なるほど。


 合理的だ。


 足元の結界から一枚を移動させ、五十メートルくらい離れた所に制止させた。




 一射目は外れた。


 だが二射目からは外さなかった。


 不思議なほど当たる。


 何故だ?


 何故当たる?


 やはりこの世界はおかしい。



 まあ良い。


 当たるんだから仕方ない。


 結界に矢が突き刺さってしまっている。


 結界の強度が低い。


 その事を考えよう。




 その後は他の武器でも結界を的にして訓練を続けた。


「急いでたんだろ?」

「このままで間に合うのか?」


「最初から時間が無かったわ」


「勝率は何割くらい有るんだ?」


「三割有れば良い方ね」

「貴方の言うプラスアルファが丸々抜ける事になる」


「何が迫ってるんだ?」


「私のフェニックスは周期的に生まれ直すの」

「神獣が使えない時期が定期的に訪れる」

「最近はその時期に何処かの町や国が潰される」

「どの場所が選ばれるかは解らないわ」

「奴が直接動く訳じゃ無いけど、配下も強力よ」

「私でも手下と引き分けるのがやっとなの」

「貴方が言う、黒い角の生えた白装束の男は魔物の王よ」

「奴は気まぐれにしか動かない」

「でも奴が動いて退いた事は今まで無かったわ」

「貴方たちが初めてじゃないかしら」

「今この世界は奴らの物よ」

「私たちは町から出られない」

「奴らは間引いてるのよ」

「私たちは管理されてる」




 その時の俺には守る物が無かった。


 最悪プロミだけ守れれば良い。



 そんな風にどこか気楽さがあった。


 二年に一度山に登らなければいけなかったあの頃の方が追い詰められていた。


 そう思って過ごした。






 彼女との手合わせがひと段落した。


 間髪入れずに、間者が姿を現し、彼女に何か耳打ちをした。


 この建物の中で、彼女以外の人間を見るのは初めてだ。


 彼女は急いで建物から出て行った。


 いつの間にやら、間者の姿は無かった。




 彼女との手合わせは刺激的だった。


 やはり彼女は強い。


 彼女と引き分ける奴とはどんな存在なんだ?


 あり得ないだろ?


 そう思った。




 彼女が戻ってきた。


 再戦したい。


 しかし、事態は切迫しているらしい。


 たぶん手合わせは、もう出来ない。


 彼女はまた笑みを浮かべている。


「動きが有ったわ」

「もうそろそろ、私の神獣が生まれ直す時期なの」

「先回りするわ」


「どこの国か解ったのか?」


「かつてサバスと呼ばれていた町よ」

「勝率が上がってきたわ」

「貴方には気の毒だけど」


 彼女は笑っている。


 隠そうともしていない。


 一点の曇りもない、完璧な笑み。


 何故か不安を感じる。


 俺は悪い予感がしていた。


 俺の悪い予感はよく当たる。





 俺たちは月と太陽の国を後にした。







 かつて、サバスと呼ばれていた場所に着いた。


 かつての面影は無かった。


 完全に別の町だった。



 出入り口の兵士に旅の者だと言って、中に通してもらった。




 町は活気で満ちていた。


 人々が慌ただしく行きかう。


「城に向かう、リビアが待っているわ」


「ちょっと待て」

「今、リビアと言ったか?」

「俺の知ってるリビアじゃないよな?」


「ふふ、残念だけど、貴方の知ってるリビアよ」

「知り合いよ」

「言わなかった?」


「聞いていない」

「彼女はまだ生きているのか?」

「俺が彼女と最後に会ってから三百年くらい経つぞ」


「契約したに決まってるでしょう」

「貴方の勘はそんなに鈍かった?」



 お前、鏡華、ふざけるなよ。


 聞いて無いぞ。


 契約しただと。


 何故だ。


 何故そんなことをした。


 この三百年の間どうしていたんだ?


「会えば解るわ」

「城に向かうわよ」


 俺は彼女を、彼女たちを置いて旅に出た。


 でも王都に着いて旅を辞めてしまった。


 その後、俺は自分の幸せの為に生きた。


 今更会わせる顔は無い。


「なぜ彼女に会うんだ?」


「今彼女がこの国の代表だからよ」

「仮のだけど」


「…………」


「彼女に会いなさい」

「逃げないでね?」




 街の中心に城が見える。


 大きな城だ。


 あそこにリビアがいるのか?




 俺はリビアの助けに成れるだろうか?


 この二百年間一回も無気力になっていない。


 しかし追い詰められてもいなかった。




 城の上層にある客室に通され、座って待っている。


 俺の脚は震えていた。




 ドアが開いた。


 リビアだ。


 全然昔と変わっていない。


 相変わらず美人だ。


「クリア」

「会いたかった」

「私は貴方を抱きしめたい」

「いいでしょう?」


 あ、ああ、思っていたのと感じが違うが、そういう反応もあるだろ。


 彼女はてっきり怒っていると思っていた。


 彼女は許してくれたのか?


 抱き締めるくらい、いくらでもするさ。




 俺は彼女を抱きしめた。


 …………。


 ちょっと思っているより抱擁が長い。


 彼女は俺の胸で泣いていた。


 どうなっているか俺には解らなかった。


 俺はリビアを一旦引き離した。


 話を聞きたい。


「あの後どうしていたんだ?」

「何が有った?」


「国を造りました」

「貴方の器に合わせて」

「私が用意しました」


 俺は絶句した。



 ちょっと待て。


 何故そうなる?


 俺の器とは?


「俺の器とは?」


「貴方は王になるでしょう?」

「なら私は第一の家臣になりたい」

「貴方が去る事は解っていました」

「いずれ帰ってくる事も」

「私はその時その場にいたかった」

「だから神獣と契約しました」


「いつ契約したんだ?」


「ベルが見つかる少し前です」


 俺が去る前にか。


「なぜ話してくれなかった?」


「貴方の重荷には成りたくなかった」


「…………」


「貴方は私の思いに気づかなかった」

「私はもう我慢しません」

「もう私を置いて行かないで」


「…………」

「俺の心はエウェルにある」


「知っています」


 彼女は本を一冊出した。


 それは俺が書いた本『最初の冒険者』。


 金に物を言わせて百冊だけ紙で作った本だった。


 彼女はそれを手に入れていた。


 あれから二百年は経っている。


 それを大事にしてくれていた。




 彼女がこんなに重い女だったとは。


 予想外だ。


 全然気づかなかった。




 王になるだと?


 彼女に思われていただと?


 俺にはそんな価値など無い。


 普通の男だったら、気に病んで、きっと一度や二度は自殺を考えるぞ。


 しかし、俺はかつて魔槍のクリアと呼ばれた男。


 何とか彼女の思いに答えたい。


 魔槍のクリアか。


 何回聞いても大層な呼び名だ。


 この呼び名を笑い飛ばすのは少々骨が折れた。


 この呼び名はこれで最後になるようだ。


 俺はこれからもっと大層な呼ばれ方をするらしい。


「この戦いが終わったら、旅に出ようと思う」

「リビア」

「ついて来てくれるか?」


「ええ、喜んで」


「王になるのはその後だ」

「『最初の冒険者』と言う題名だが、実は俺は冒険者として何もしていない」

「その本は嘘ばかりだ」


「でも、この物語は今も読まれています」

「外への憧れと、貴方の彼女への愛が詰まっています」


「そうだったな」

「馬鹿な事をしたなリビア」

「お前は馬鹿だ」

「俺はそんな大層な男じゃ無い」


「貴方はいずれ帰ってくると思っていました」

「そして帰って来た」

「私の思っていた通りの人です」




「俺は一旦向こうの世界に戻って妹の顔を見てくる」

「いよいよ負けられなくなった」

「しっかり顔を見てくる」



 ああ、鏡華が『ロストエンド』の前で笑っていた理由に気が付いた。


 プロミはこれから俺より先に帰るんだろ、向こうの世界に。


 これを笑うとは酷い奴だ。

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