2話 理由

 レイセ:黒戸零維世(クロト レイセ)であり、クリア・ノキシュでもある。

     融合者。

     契約者。

 黒竜:神獣。

    レムリアスは真名。

    竜同士は捕食し合う関係。

 黒戸美月:黒戸零維世の妹。

 黒崎鏡華:プロミネンスと名乗っている。

      融合者。

      契約者。

      美月の友達。

 黒戸和馬:零維世の義父。

      クロスグループ代表。



 マスターから、革表紙の分厚い本を受け取った。


 個人スペースで本を開く。



 異世界へ。





 サバスの『ロストエンド』。



 フロアからは濃密な雰囲気が漂っている。


 相変わらず、客がいるのに気配は感じられない。



 プロミネンスは、鏡華は、いつ頃来るのだろうか?



 マスターにコーヒーを頼んだ。


 こっちの世界でも、この店ではコーヒーを飲めた。


 次にいつ飲めるかわからない。



 俺は味わって飲んだ。





 丁度飲み終わった頃、彼女は現れた。


「実は時間が余り無いの」

「私の国に行くわ」

「付いてきて」


 詳しい説明は省くらしい。


 彼女のペースに合わせる事にする。



 俺たちは店の外に出た。


「南へ行くわ」

「まずは町の外に出ないと」


 様変わりしたサバスを見て回りたかったが、彼女に従った。


 何故か彼女には逆らえなかった。




 町の外に出た。


 彼女の神獣が姿を現した。


 神獣は、赤く燃える鳥、フェニックス。


 体長六メートル程。


 神獣は飛び上がると、俺たち二人を掴んで舞い上がった。



 南に向かって凄いスピードで飛んでいく。


 後ろに見えていた町がどんどんと小さくなっていく。


「私のこっちでの名前は、ルビー・アグノス」

「でも、プロミって呼んどいて」

「名前とは大切な物よ」

「おいそれとは明かさない方が良いわ」

「知っているでしょう?」

「初めに名前ありき」

「神獣の名前は聞かないでね」

「神獣の真名は絶対他人に明かしてはダメよ」


 聞きたい情報では無かった。


 しかし、なぜか逆らえない。


 理由は不明だ。


「わかった」


 そう返事をした。




「どのくらい時間が掛るんだ?」


「一週間てとこかしら」


「…………」

「ずっとこのままか?」


「そうね」


「…………」

「質問してもいいか?」


「よくってよ」


「この世界で何年になる?」


「秘密よ」


「…………」

「質問を続けるぞ」

「南の国とはどんなところだ?」


「月と太陽の国、アウグストラ」

「私の国ね」

「良い所よ」

「私の国だもの」

「でもたぶん貴方には関係無いわね」


 彼女は笑みを浮かべている。


 悪い笑みだ。


 たぶん。


 俺は質問を諦めた。




 展開の速さに頭が付いて行けていなかった。


 茫然としたまま一週間が過ぎた。


 用を足す事は許されたが、食事は無かった。


 腹が減って死にそうだった。


 彼女は平気そうにしていた。




 この時には気付いていた。


 彼女に常識は通用しない。


 神獣と一緒だ。




 着いたらしい。


 宮殿の中庭だった。


「こっちよ」


 俺はうながされるまま建物の中に入った。


 見た目は大きくて荘厳そうごんな建物だ。


 しかし、中身は空だ。


 何も置かれていない。


 ただ空間が広がっているだけだった。



「始めるわよ」


「何をだ?」


「言ったじゃない」

「鍛えるのよ」


「…………」

「わかった」

「何をすれば良い?」


「…………」

「待って、気が変わったわ」

「少し話をしましょう」

「私は驚いてるわ」

「貴方の物分かりの良さに」

「貴方の家で貴方とゲームをした時の事、覚えてる?」


「ああ、そんなこともあったな」


「私は観察してた」

「貴方は気付いてた?」


「いや、何も気付いて無かった」


「私には、貴方はとても理性的に見えてたわ」


「俺は山育ちだった」

「理性的と言うより野性的だろ」


「それは貴方の半分だけでしょう?」

「私の聞いてるのはそうじゃない」


「直感に従っているのが気に入らないのか?」


「そう、それよ」

「貴方には何が見えてるの?」


「人は経験によって選択肢を増やしていく」

「自らの選択肢の中から、最適な物を選ぶのには、いずれ慣れていく」

「難しいのは選択肢を増やす事だ」

「選択肢を増やす方法は経験からだけじゃない、ひらめきが必要だ」

「ひらめきの中にこそ、最適解がある」

「たぶん俺はひらめきを伸ばしてきた」

「と、今気付いた」

「つまりは勘だ」

「俺の勘は、お前に従えと言っている」

「それが理由だ」


「経験じゃ無く、勘で生きてきたと言うの?」


「たぶんな」


「俺にはお前がひどく真面目に見える」

「選択肢を増やす為の経験を多く積んできたか?」

「だが、この世界はどこかおかしい」

「経験は通用しない」

「と、俺の勘は告げている」


「この世界はどこかおかしい」

「私もそう思う」

「経験からね」

「この先の展開を予想出来る?」


「鍛えるんだろ?」


「何の為に?」


「俺がこの先、この世界で生きて行くなら、必ずあいつに出くわす」


「あいつとは?」


「黒い角の生えた白装束の男」

「黒竜から知識が流入して来ている」

「あいつは白竜を取り込んでるのか?」


「ええ、そう」

「黒竜の対抗種、白竜を内に秘めているわ」


「あいつを倒す為だろう?」


「それだけじゃ無いけど、大体合ってるわ」


「じゃあ、どんな鍛え方をすると思う?」


「あいつを倒すなら、全部の武器を自由に使いこなせないといけない」

「全部の武器を自由自在に具現化しないといけない」

「さらにプラスアルファがいる」


「さらに必要な物は何?」


「あいつを撃退した時、二人分の力が出せた」

「今は一つに束なった」

「鍵はそこにある」


「…………」

「黒竜に選ばれた理由がわかったわ」

「貴方の勘は異常よ」


「常識の範囲内だろ」

「お褒めに預かり光栄だ」

「女王様」


「私が女王って、わかってたの?」


「当り前だ」

「すぐに気づいたさ」


「ふん」

「なら、もっと驚きなさいよ」


「ちょっとした意趣返しだろ」

「笑って済ませろ」


 彼女はむっとした表情のまま、黙った。







 俺はこの建物の中で二百年過ごした。


 大体そのくらいだ。


 時間の感覚はうに無くなっていた。


 二年に一度山に登らなければいけなかったあの頃の方が追い詰められていた。



 そう思って過ごした。






 時は巻き戻る。


「黒竜に選ばれた理由がわかったわ」

「貴方の勘は異常よ」


「常識の範囲内だろ」

「お褒めに預かり光栄だ」

「女王様」


「私が女王って、わかってたの?」


「当り前だ」

「すぐに気づいたさ」


「ふん」

「なら、もっと驚きなさいよ」


「ちょっとした意趣返しだろ」

「笑って済ませろ」




「私の経験に喧嘩を売ったんだもの、覚悟は出来てるのよね?」


「ただの勘だ」

「真に受けるなよ」


「手加減無しよ」


「最初から無かっただろ、そんなもん」




「始める前に、何か食わせてくれ」

「訓練はその後頼む」


「わかったわ」

「確かにお腹が空いてたわ」

「何か持って来させる」


「今何人監視が付いている?」


「三人だけよ」


「答えるとは思わなかった」

「ちょっと思いついただけだ」

「試すつもりは無かった」


「大した勘ね、全く」

「大人しくしててね」


 彼女は自分で食べ物を持ってきてくれた。


 奇妙な味のする食べ物だった。


 だが腹が減っていた。


 満腹になるまで食べた。


 彼女も食べていた。


 嬉しそうな顔だった。






「結界を出して」


 俺は結界を出した。


 六角形の漆黒のプレート。


 厚みは無い。


 空中に静止している。



 彼女は赤く輝く指で結界を弾いた。


 結界は砕け散った。


「ダメね」

「幾つまで出せるの?」


「七つまでだ」


「数はまあまあね」

「床から少し浮かせて並べて出して」


 俺は床に六角形の結界を蜂の巣の様に組み合わせて出した。


 そして七枚を少し床から浮かせた。


「その上に立って」


 上に立つ。


「剣を出して」


 剣。


 剣だと?


 今は持っていない。


 と言うか、触った事も無い。


「出して」

「手加減は無しよ」


「どうやって出せば良いんだ?」


「ひらめきが有るんでしょう?」


 質問に質問で返すのが流行りなのか?


 くそう。


 今の条件で出せるという事か?


 どうすれば良い?


『レムリアス、アドバイスは無いか?』


『俺の前足には一本ずつブレードが生えている』

『頭には角が一本生えている』

『それを使え』


『使うとは?』


『俺とお前は一心同体だ』

『手にブレードが生えているのをイメージしろ』

『出来たら、ブレードを剣に変えろ』

『手から剣が生えているとイメージしろ』

『あとはお前次第だ』


 なるほど。


 手から剣が生えているか。




「プロミ」

「結界を出した意味は?」


「一応説明しておくか」

「結界は本来、この世に在っては不自然な物よね?」


「まあ、そうだな」

「不自然だ」


「そして、戦闘中、砕けては意味が無いわよね?」


「ああ、そうだな」

「砕けては困る」


「貴方が出した結界は、貴方が出した」

「OK?」


「確かに、俺が出した」

「OKだ」


「結界は、何で出来ていると思ってる?」


「意思、イメージの具現化、じゃ無いのか?」


「そう、貴方自身の意思から出来てる」

「私が指で弾いただけで粉々になる結界」

「それが貴方のイメージ」

「じゃ、砕けない結界をどうやってイメージすると思う?」


「砕けない結界を作ろうとイメージすれば、砕けないんじゃ無いか?」


「ダメなの」

「それじゃ、砕けるわ」

「どうあっても砕けなかったとか、ここまでは砕けなかったとか、実績が無いとダメ」

「本質的に、不自然な物を具現化させてるのよ」

「かなり強固なイメージが必要」

「出し続けて、在って当たり前、砕けずにいて当たり前と、強固にイメージ出来ないとダメ」


「砕けずにいて当り前と思う心が必要という事だな」


「ええ」

「言葉で言うのは簡単だけどね」


「剣の具現化も同じか?」


「勘?」


「ああ、勘だ」



 彼女は笑った。


 優しい笑み。


 当たっているらしい。



 出来て当たり前ね。


 実は出来そうな気がしている。



 俺は、結界を一発で出した。


 あれと同じなら、出せる。


 あの時は、とっさに守るイメージだった。



 今回は、とっさに敵を倒すイメージだ。


 例えば、リビアがピンチで、手に何も持ってなかったら、というシチュエーションを想像する。


 あの時、俺はとっさに槍を投げた。


 俺はあの時、剣が届く距離に居て、手に剣を持っていなかったら?



 それを想像する。


 出せそうだろ?





 出た。



 漆黒の剣だ。



 出来た。


「なんで出せるのよ」


「それは理不尽だろ」


 しまった。


 思わず声に出た。


「理不尽なのは貴方の方よ」


「まあ良いわ」

「そこでそのまま素振りしてて」

「私はする事があるから一人でやってて」


 彼女は行ってしまった。






 俺は結界の上で剣を振り続けた。


 便所に行く時以外は結界の上で剣を振っていた。



 振り方が解らない。


 刃筋を立てなければいけないんじゃなかったか?


『レムリアス、剣の振り方はどうだった?』


『知らん』

『勘でやれ』


 流石一心同体。


 俺と似ている。



 叩き切ると言うより、切り裂くイメージで剣を振った。


 リビアを意識してみた。




 しばらくすると彼女が食事を持ってきてくれた。


 一緒に食べた。


 彼女はうれしそうに食べていた。


 会話は無い。


「貴方は沈黙を選べるのね」

「そこは気に入ったわ」


 褒めているのか?


 良くわからん感想だな。




 結界の上でご飯を食べ、結界の上で剣を振り続けた。


 しばらくすると時間の感覚が無くなった。


 ひたすらに武器を振り続けた。




 いつか魔剣のレイセと呼ばれる日が来るのか?


 また、大層な二つ名でも付けられて、笑い飛ばすのか?


 それも悪くない、かもな。

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