2章

1話 昨日の今日

 レイセ:黒戸零維世(クロト レイセ)であり、クリア・ノキシュでもある。

     融合者。

     契約者。

 黒竜:神獣。

    レムリアスは真名。

    竜同士は捕食し合う関係。

 黒戸美月:黒戸零維世の妹。

 女の子:『ロストエンド』に手を掛けていた。

     契約者。

     美月の友達。

 黒戸和馬:零維世の義父。

      クロスグループ代表。





 帰る前に言っとかないといけない事がある。


『この世界じゃ絶対に姿を見せるなよ?』


『そんなことをする筈が無いだろう』

『常識で考えろ』


『存在自体が非常識なお前に、常識を期待出来るか?』


『俺は空気を読むのが上手い』

『問題ない』


『白い花の隣で横たわっている事の何処が空気読めるって言うんだ?』

『お前の存在がどれほど俺を恐怖させたと思っている?』


『俺は花を守っていた』

『お前の常識は俺には通用しない』


 ダメじゃねーか。


『この世界じゃ絶対に姿を見せるなよ?』


 話が元に戻ってしまった。


 もうこの話は終わりだ。




 この世界に戻って来ても、契約は継続している。


 寿命が無いのも変わらないだろう。


 それと、俺は自分の年齢を自由に操作出来そうだ。


 感覚で解るようになってきた。


 さっきもレムリアスと心で会話出来た。




 家に帰ってきた。


 そろそろ夕方になる。



 家の前に見慣れない自転車が停めてある。


 いや、俺の家の自転車はこんなだったか?


 もう覚えていない。


 ずいぶんお洒落な自転車だ。


 俺の感覚がズレてなければだが。



 玄関の扉を開けた。


「あ、兄貴」


 開けると玄関に美月とあの女の子がいた。


 『ロストエンド』で見た女の子だ。


 女の子は帰る所らしい。


「ただいま」


「こんばんは」

「零維世さん」

「じゃ、私帰るね」

「美月ちゃん、零維世さん、お邪魔しました」


 女の子は帰っていった。


 ちょっと聞きたい事があったんだが。


 まあいい、また今度にしよう。



 そうだ、夕飯を作らないといけない。


 たしか食事の準備は俺の役目だった。



 何処にどんな調理道具があって、冷蔵庫にどんな食材があったか、まるで覚えていなかった。


 炊飯器の使い方も、電子レンジの使い方も忘れた。



 夢を見なくなって長く経つ。


 少し時間が経ち過ぎたようだ。



 今俺に料理は無理だ、と言うか面倒だ。


 美月にやって貰おう。


 出来るはずだ。


「美月、今日から家事の分担を変える」

「今日からお前が食事を担当してくれ」

「俺は……」


 洗濯は、洗濯機の使い方を覚えていない。

 取説を読むのは面倒だ。

 美月に任す。


 部屋の掃除は、掃除機を使うが、あれは電源を入れるだけだったはず。

 いける。


 ゴミ出しは分別を覚えていない。

 出す曜日も忘れた。

 でも何か貼ってあるだろ。

 いける。


 風呂掃除とトイレ掃除は洗剤が解らないが、容器に書いてあるだろ。

 いける。


「俺は、掃除とゴミ出しをやる」

「お前は洗濯もやってくれ」


「?」

「今まで料理以外は私がやってたけど、料理の替わりに掃除とゴミ出しをやってくれるの?」


 そうだったか?

 俺、料理しかしてなかったか?

 そうだ、始めは俺がやっていたが、美月に料理以外を任せるようにしたんだった。

 思い出した。



 まあいい。


「そうだ」

「ゴミ出しの仕方を教えてくれ」


 ごまかせたか?


「兄貴なんか変じゃない?」

「しゃべり方も『俺』になってるし」


 まあ、そうなるよな。


「しゃべり方は……」

「今日から中学生だし」

「なんとなく」


「なにそれ」

「ダサ」


 俺もそう思う。


 けど仕方ない、クリアの話し方が染みついている。


 これで通す。


「もういいだろ」

「ご飯作ってくれ」

「お腹すいた」


「急に言い出してなにそれ?」

「ムカつく」

「ちょっと待って、今考えるから」


 美月はご飯を作りだした。


 当たり前だが、美月はいつも通りだ。



 いつも通り。



 俺は帰ってきた。




 俺は美月の頭を撫でた。


「ちょっと、邪魔しないで!」

「気持ち悪い」


 うん、そんな感じだった気がする。


 気持ち悪いと言われても、俺はしばらく美月の頭を撫でた。




 食事が終わって、二人リビングでコーヒーを飲んでいる。


「美月」

「あの女の子、名前なんて言うんだ?」

「さっき会った子だ」


「ああ、鏡華ちゃん?」

「兄貴会った事あるよね?」


「名前聞いてなかった気がする」


「ふーん、兄貴が他人に興味持つの珍しくない?」


「また会いそうだからだ」


「黒崎鏡華ちゃん」

「親戚だよ」

「幼稚園くらいの時、よく遊んでたみたい」

「あっちは覚えてた」


「まあ、俺ら親戚多いから、そうなるよな」


 黒戸家は一方的に相手に覚えられる。


 目立つからだ。




 明日から授業が始まる。


 今日は早めに寝よう。




 八十歳位までは、普通に生きて行こう。


 その先は、またその時考えればいい。



 俺はまだそんなことを考えていた。




 次の日。


 朝早くに目が覚めた。



 異世界の朝は早かった。


 自然と目が覚めた。


 ランニングにでも行こうか。


 ジャージに着替えて家を出た。



 何だこれ? 


 体が全然動かない。


 すぐに息が切れる。


 ああ、俺は全然鍛えていなかったんだった。




 これではダメだ。


 余りにも体力が無さすぎる。


 もう少し鍛えないと、何かあった時に困る。


 山に花を摘みに行かないと行けなくなったらどうする?


 そんな事はまず無いが、体力はあった方が良いに決まっている。


 積み重ねておかないと、その時が来ても何も出来ない。



 今日から鍛えよう。




 しばらく走りこんでから家に帰った。





 時間が来た。


 朝ご飯を食べて登校した。



 進学校なだけあって、二日目から授業があった。


 中学一年だ、知識の積み重ねはまだ必要無かった。


 授業には付いて行けている。


 いざとなったら、『ロストエンド』に勉強道具を持ち込めば良い。


 あそこは時間が止まっている。


 思う存分勉強できる。




 授業が終わって帰ろうとしたら声を掛けられた。



 生徒会書記だという。


 そう言えば、昨日も声を掛けられたんだった。


 昨日が遠すぎて忘れていた。


 生徒会か。


 少しやっても良いかなと思っている。


 だが今日は答えをはぐらかして帰った。


 黒戸和馬に期待しているのは見え見えだ。


 俺に義父の様な権限は無い。


 期待に応えられない。


 それが理由だった。




 正門を少し抜けた時だった。



 俺はケツにすごい衝撃を受けて飛び上がった。


 この感じは知っている。


 後ろから、手加減なしで蹴り上げられたのだ。



 ケツを押さえながら後ろを振り向く。


 黒崎鏡華が立っていた。


「気配を隠してないのに気づかないし、気配を読んで躱しもしない」

「あなた、弛んでるんじゃない?」


 謝る気は微塵も無さそうだった。


 昨日までと全然態度が違う。


 こんな子だったのか。


「『ロストエンド』に行くわよ」

「貴方を鍛えてあげる」


 彼女はにっこり微笑んだ。


 一点の曇りもない、完璧な笑み。


 美し過ぎて、逆に怖い。


 悪魔の笑みだ。



 俺は恐怖した。



 ちょっと待て。


 説明が必要だ。


 だがこいつ、話をする気が無い。


「逃がすつもりは無いわ」

「付いてきて」


 凄まじい殺気が放たれている。


 彼女は俺より強い。


 確実だ。


 逃げられそうに無い。


 俺は彼女に言われるがまま付いて行った。



 美月の友達なんだ。


 そう悪い子じゃないはずだ。


 たぶん。


「貴方はあれから、どの町に行ったの?」


「あれからっていつの事だ?」


「質問に質問で返してはいけないって習わなかった?」


 お前も質問で返しているだろ。


 理不尽すぎる。


「ああ、私はプロミネンスと名乗っているわ」

「会っているわよね?」

「向こうで」

「貴方のはずよ」


 話が見えてきた。


 確かに会っていた。


 逃がさないとも言われていた。


 だが、こっちの世界でこうなるとは思わなかった。





 そうこう話している内に、『ロストエンド』に着いてしまった。


「俺はサバスの『ロストエンド』から帰った」


「わかったわ」

「迎えに行くから、向こうの『ロストエンド』で待ってて」


「じゃ、先に行ってる」


 彼女は『ロストエンド』に手を掛けた。


 そして手を離した。



 何故か彼女は嬉しそうだ。


 またあの笑みを浮かべている。


 一点の曇りもない、完璧な笑み。


 ついに声を出して笑い始めた。


「あっははははははは」

「貴方も災難ね、レイセ」

「うける」


 彼女は涙をぬぐっている。


 涙を拭いながら手で先をうながされた。


 行けって事か?


 嫌な予感しかしない。


 だが逃げられない。



 俺は扉に手を掛けて中に入った。



 また行くのか。


 あの世界に。


 昨日の今日だぞ。


 今度帰れるのは何時になるんだ?

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